創るcollaboration 第ニ回コラボレーション企画
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鎮魂の青い目

村瀬 朋子


 人間界の『この世』と、死者の行く『あの世』と呼ばれる黄泉(よみ)の国ーーその中間地点に『幻想の国』という不思議な国があった。
 幻想の国には、妖精や幻獣など、人間界で存在が確認されていない生き物達が、暮らしていた。彼らには、幻想の国と人間界を繋ぐ吊(つ)り橋を渡り、自分達の存在を信じる人間の夢の中に入り、心を癒すという役目があった。

 そこに暮らす、親子のユニコーンがいた。 ユニコーンは、額の真ん中に一本の尖った角を持つ、青い目をした白馬の姿の幻獣だ。
「お母さん、見て! 僕の頭の角が、ブルブル震えているよ」
 子供のユニコーンが言った。
「あら、そうね! 誰かがあなたに会いたがっているのよ。さぁ人間界に行きましょう」 ユニコーンの角には、アンテナの様に、人間の心の信号を、キャッチする能力があった。“ユニコーンに会いたい!”と言う信号を送ったのは、ティムという名の、四才の男の子。 色白で病弱なティムは、絵本で見たユニコーンに心を引かれ、とても会いたがっていた。ユニコーンの親子は、人間界への危険な吊り橋を渡り、早速、ティムの夢の中に入った。
 子供のユニコーンとティムは、それは楽しそうに遊んだ。追いかけっこをしたり、ユニコーンの背中にティムを乗せて走ったり、じゃれ合ったり……それを母親のユニコーンは、微笑ましく見ていた。やがて、明け方になり「また会おうね!」と約束し、別れた。

 しかし、幻想の国への帰り道、子供のユニコーンは、足場のもろい吊り橋に前足を取られ転落し、そのまま命を落としてしまった。
 黄泉の国から、黒いローブを纏った、人の骸骨の姿をした死神が現れ、手に持った鎌を振り下ろし、子供のユニコーンの魂を導いた。母親は半狂乱になり、子供の魂を必死に追いかけたが、消えて見えなくなった。喪失と絶望の中で、母親のユニコーンは泣き崩れた。

 終わりのない悲しみが、どれだけ続いただろう。もはや別人の様になってしまった母親のユニコーンを心配して、死神がやって来た。
「私を早く死なせて下さい」と母親は言った。
「あまりの悲しみの深さに導かれ、来たのだが、お前はまだ生きる運命にある。人間界では、ティムという子が、お前を求めておる」
 母親のユニコーンの角が、ブルブルと震えていた。
“ユニコーンに会いたい!”というティムからの合図だ。しかし、体が動かない。
 しばらくの間、角は震え続けたが、突然途絶えた。死神は、手に持った鎌を振り下ろし
「ティムを黄泉の国に連れて行かねば……」
 と深いため息をつき、人間界に向かった。
“ティムが死ぬ”
 母親のユニコーンは、ハッとして死神を追いかけた。死神は、ティムの魂をローブに包み、吊り橋を渡っていた。
「待ちなさい! その子の魂を渡しなさい」
 ユニコーンは、決死の覚悟で、死神に飛びかかり、素早くティムの魂を口にくわえた。
 走り去るユニコーンに、死神は切なそうに
「ティムの魂の代わりに、お前の体の一部を頂戴せねばならん」と言った。
「ならば、私のこの目を抜き取ればいい!」 全速力で走るユニコーンが叫ぶと、死神は「掟なのだ、すまん……」と言い、鎌を振り下ろし、青く美しい母親のユニコーンの右目を抜き取った。“グサリ”と鈍い音がしたが、夢中で走っていた為か、痛みを感じなかった。

 無事、人間界にティムを連れ戻したユニコーンは、久しぶりに微笑んだ。その左目は、より一層青く輝き、慈愛に満ちていた。





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