創るcollaboration 第ニ回コラボレーション企画
016
008

森で出会って

野田 時々


 昔々、人間とユニコーンは仲良く暮らしていた。あるとき、些細なことから諍いが起こり、憎しみと悲しみの連鎖に彼らは囚われてしまった。いまや村の古老ですら、諍いの原因を知らないほど時間が経った。
 とりあえず、村の真ん中にある細長く途中がくびれている形をした森で二つに分けた。
 森のくびれから西を、ユニコーンたちが『沈黙の森』、東を人間側は『おしゃべりな森』と呼び、いわば森を休戦ラインとして、不干渉の状態でお互い平和が保たれていた。

 ユニコーンのパフは7歳になり、学校に通う年齢になった。最初の日に校長先生が生徒に尋ねた。
「皆さんはなぜお勉強をするのでしょうか?」
 生徒たちは口々に答えた。
「おいしいものを食べるため」
「可愛い服を着るため」等々。
「いいえ皆さんが学ぶのは、世の中のためになるためです」と、校長先生はおっしゃった。続いて
「決して沈黙の森には入ってはいけません。大変なことになります」と、くどいほど言われた。

 だめだと言われれば、やりたくなるのがお調子者のパフだった。
 日曜日にこっそりと森へおっかなびっくり、興味津々一歩二歩と入って行った。それを数回繰り返しているうちに、だんだん慣れてきた。
「なあんだ、怖くないや」
 と、もっと奥に入って行った。するとどうも同じところを巡っていることに気が付いた。半泣きになったパフは大声で助けを呼んだ。大声を出しているのに、パフの耳には何も聞こえない。音が森に吸い込まれていく。そこは沈黙の森だった。 ますます半狂乱になったパフは、大声で喚きながらとにかく走った。
 一体、どれほど走ったのだろうか? あるとき急に賑やかな場所に出た。それまで自分の声すら聞こえなかったのに、まあ、なんて賑やかなことだろう。
 目の前に同い年くらいの男の子が緑色のまん丸な目を見張って立っていた。もうそこはおしゃべりな森だった。
「×▽△□」
 なんだかものすごい音の洪水が襲ってきた。それでもようやく分かった言葉は
「助けて」だった。
 男の子の名前はキュイといい、人間の村で疫病が流行り、キュイの弟や妹、お母さんにお父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そして村人の多くがその病気に罹(かか)り、死にかけていることを話した。
 「森を越えると特効薬がある」と誰かが話していたのを聞いて、ここへやって来たのだ。それはユニコーンの角だった。でも角を取るとユニコーンは死んでしまう。必死に角が欲しいと頼むキュイに
「いいよ」と、答えたパフだ。
 パフは校長先生がおっしゃった『世の中のためになる』ことの意味を考えていた。
「パフ……パフは、死ぬことが怖くないの?」
 キュイもユニコーンが角を失うことは即、死につながることは誰からか聞いて知っていた。
「本当にいいの」と、キュイ。
「いいよ、このナイフで切り取ってよ」と、パフ。
 キュイは出会ったばかりのパフに
「ごめんね、ごめんね」と言いつつ、村の人たちの顔を思い出しながら、
「エイ!」と角を切り取とった。ドサッと大きな音をたてながらパフは倒れた。
「ごめんよ、ごめんよ」泣きながら、パフの体をゆすっていたが、動かないパフを見ると角を持って村に飛んで帰った。
 おしゃべりな森は
「死んだ、死んだ」とハミングしている。

 村人はユニコーンの角を削って飲んだ。あっという間に病気は治った。村は生き返ったのだ。
 翌日、キュイの話を聞き、村人は恐る恐るおしゃべりな森へ入った。そこにパフの亡骸が横たわっていた。手厚く葬ろうとしたとき、パフが起き上った。キュイをはじめ村人全員腰を抜かしてしまった。
「人間も乳歯が大人の歯に生え変わるだろう。それと同じなんだ。ユニコーンも角が7歳で大人の角に生え変わるのさ。校長先生が教えてくださった」
 そう言ったパフは生えかけの角を見せ、沈黙の森に帰って行った。
 以後、ユニコーンと人間は仲よく暮らしたとさ。





■ 第2回コンテンツに戻る ■



第一回CONTENTS
第二回CONTENTS
第三回CONTENTS
第四回CONTENTS
第五回CONTENTS