創るcollaboration 第ニ回コラボレーション企画
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天空に駆ける恋

西村 万里子


 中世、ドイツでの事。ライン川ほとりに二軒の家があり、それぞれの家には、同い年の男の子と女の子がいた。親同志は仲が悪かったが、子供達は仲良しだった。
 年頃になると二人は恋に落ち、娘は妊娠した。当然、親は結婚に大反対。思い余った二人は「何処か遠い所へ行って、二人で暮らそう」と岸辺に繋いであった小さな舟に乗りこんだ。不安と希望を乗せた船はやがて太洋へ。ところが不幸にも、娘は船中で女の子を生むとまもなく、死んでしまった。男と赤ん坊を乗せた船は、荒れる海を進んでいった。

 時を同じくしてフランスはパリ。貴族の娘と漁民の息子が愛し合い、娘が妊娠した。「そんなふしだらな子は、家に置いておけない。出て行け!」
 父親は激怒し娘を勘当。可哀想に思った執事が、娘の為に船を用意した。「これに乗ってお行きなさい。お二人の幸せを祈っていますよ」
 ところが、先に乗っているはずの男はいない。父親が殺させたのだ。娘一人を乗せた船は港を出た。月の美しい晩、たった一人で娘は男の子を産んだ。

 一年後、二艘の船は偶然にも同じ港へ着いた。遠い異国、日本。長い船旅で疲れ切った二人が、初めて互いを見た瞬間『この人と一緒に生きていこう』と決めたのは、運命だったのか。
 船で生まれた赤ん坊。女の子をレイネ、男の子はシオンと名付けられ、兄弟のように育てられた。だが実の兄弟でないことは、知らされていた。
 四人で幸せに暮らしていたが、両親は彼らが十八歳の時に病気で死んでしまった。それからは二人で力を合わせて生きた。森の木の芽を食べ、海の魚を取り、時には町へも買い物に出かけた。
 こうして二〇才になったレイネは、アイビーの葉を身にまとい、ブロンドの髪とナイトグリーンの瞳を持つ、美しい娘に成長した。

 ある日、町へ出たレイネを、大金持ちの金蔵が見初めた。『なんと別嬪さんなんや。あの子を、わしの嫁さんにしよう』一目でレイネのとりこになった金蔵は、抱えきれぬほどの札束を持って、レイネに結婚を申し込んだ。
「れーねちゃん。わしと結婚してくれや。そんな顔だけの男とは、別れたらええがな。わしやったら、どんな贅沢でもさしたるで」
「あんたと結婚? 死んだ方がまし!」
 レイネに断られた金蔵は、可愛さ余って憎さ百倍。村の呪術師に呪いをかけさせ、レイネは亜人に、シオンはユニコーンに姿を変えられてしまった。呪いを解くには、金蔵と結婚するしかなく、さもなくば、永遠にその姿のまま生き続け、死ぬ事すら許されない。『これでレイネを自分のものにできる』と思った金蔵だったが、その読みは甘かった。
 二人には言葉など要らず、目を見ただけで互いの心の内を理解できる。姿が変わっても、二人の愛は覚めることなく、これまでにも増して幸せだった。
 レイネを諦めきれない金蔵は、人を雇って、森に逃げ込んだ二人を必死に探した。
「れーねちゃ〜ん。わしや~金蔵や。金いっぱい持っとるで~。欲しいもん何でもこうたるさかい、出てこいや」
 金蔵のだみ声が、静かな森に響き渡る。
「あそこにいるぞ!」
 追っ手が二人を見つけた。
「レイネ、危ない!」
 二人を捕える大きな網が、頭上に覆いかぶさりそうになったその時、シオンはレイネを背中に乗せ、大空高く飛んだ。黄金に輝く羽を力強く羽ばたかせ、上へ上へと飛び、やがて小さな点になった。

 晴れた夜、空を見上げると、星の間を縫うように動き回る、ひときわ大きな光が見えることがある。それはレイネとシオンが遊ぶ姿。呪いをかけられ、永遠の命を得た二人は、天空の彼方で、今も幸せに暮らしている。





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