創るcollaboration 第ニ回コラボレーション企画
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優しい目

児玉 美津江


 アラニは、蹄(ひづめ)の音で目を覚ました。
 サイドテーブルの置時計に目をやると、午前四時五分を指していた。
 ここハワイ島は、十一月の夜明けには、まだ少し早い。
『あの蹄の音は、夢だったのだろうか……?』
 寝付けぬまま、ガウンをはおりベランダに出てみた。
 雲の動かない夜明け前だった。雲がかかり満月に近い月は、おぼろげに見えた。
 ふと庭を見降ろすと芝生の上になにか白い物が見える。
 アラニは階段を駆け下り素足のまま庭に走り出た。夜露にぬれた芝がひんやりと冷たい。
 駆け寄ると、そこには白い軍服を着た若者が倒れていた。
「マクアヒネ!(お母さん) マクアヒネ!」アラニは声を張り上げて母を呼んだ。
 母はアラニの呼ぶ声をたよって庭に出た。
 アラニが茫然と立ち尽くしている。
「アラニ! 如何したの?」
 見ると若者が倒れている。ビクともしない。白い矢が、太ももに刺さっている。傍に白いらせん状の角(つの)が落ちていた。母娘(おやこ)は渾身の力を込めて矢を引き抜いた。血が噴き出す。母は傍に落ちていた角を拾い、アラニのガウンを引き裂き角から流れ出る液を浸して若者の傷口に巻いた。
 不思議な事に、血はピタリと止まった。
 昔からの言い伝えで、ユニコーンの角が傷を癒す事を母は知っていたのだ。
 二人は、ぐったりとして動かない若者を抱(かか)えてベッドまで運んだ。暫らくすると若者の頬に、少し血の気がさしたようだ。

 その当時(1855年)島同士の内紛に巻き込まれて父親を亡くしたアラニは、母親と共に広い牧場を守りひそやかに暮らしていた。
 若者は、日に日に元気を取り戻していった。
 若者の名はイオラニといい20歳になったばかりだった。アラニより2才年上だ。
 二人は、すっかり仲良くなり、まるで兄妹のようだった。だがあの日、どうして倒れていたのかは、何度アラニが聞いても、悲しい目をして口を閉ざしたままだった。
「どうして人は、争うのだろうか?」
 イオラニは、或る日悲しそうに言った事があった。
「君は本当に心優しい良い娘(こ)だ」
 イオラニはアラニの手を取り
「どんな事があっても人と争ってはいけない。約束だよ」
 そう言って覗きこんだ目は、驚くほど優しかった。
 しかしあの日、イオラニは蹄と共に現れたのに、ユニコーンは角だけ残し何処に走り去ったのだろうか?
 アラニはその時、イオラニの影が人の形をしてない事に気づき“ハッ”とした。

 一月(ひとつき)程経った満月の輝く夜、アラニは蹄の音で飛び起きた。ベランダに駈け寄ると優しい目をしたユニコーンが白いたて立がみ髪を風になびかせ満月をめがけて駆け上って行くのがみえた。 「サヨナラ、イオラニ!」
 アラニは目にいっぱい涙を溜め満月に向かって叫んだ。





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