創るcollaboration 第ニ回コラボレーション企画
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ユニコーンボーイズ5

伊東 香代子


 みどりは自分の疲れた体と気持ちを休すませるため、認知症の姑を介護ホームのショートステイに、二週間ほど入所させた。
 介護ホームの入口近くのベンチに腰を掛けて、「はっー」とためいき溜息をつ吐く。
 仕事にかこつ託けて、女に会いに行く夫。独立して実家に寄り付かない二人の息子。そして認知症の姑。
『ああ、死にたい』
 みどりは心で叫んだ。

 突然、小鳥たちのさえず囀が消え失せると、
♪テケテケテケテケ~♪
 エレクトリックギターの大音響がした。アメリカのインストゥルメンタル・バンドであるザ・ベンチャーズの代表曲“ダイヤモンドヘッド”が流れていた。
 みどりは不安げに空を見あげた。
 すると、今度は真赤なミニバンが、空から旋回して下りてきた。
 その車の中では、みどりの高校の同級生で親友の良子が、車窓から下界を覗いていた。
 みどりの姿を見て驚いた良子は、急いで車から飛び出した。その光景を目にしたみどり。
 どぎも度肝を抜いた彼女は
「まさか。死んだはずの良子!? そ、そんなはずは……」
 と呟いた。
 恐る恐る彼女は赤いミニバンに近づくと、車に描かれている、憧れのアイドルグループのペイントに目が釘付けになった。
 高校時代の憧れのアイドルグループ“ユニコーンボーイズ5”を真似て、良子らと“クレイジーガールズ5”を作り、みどりはボーカルとして活躍していた。ちなみに、良子はベースだった。 
「懐かしやろ! “ユニコーンボーイズ5”は、私達のアイドルやった。“旅に出よう”は、うちらよううと歌たなぁ。みどり、なんで、あんたここに、いてるの?」
 不思議そうに良子は訊ねた。
 良子は懐かしさのあまり、思わずみどりを抱きしめた。こんな時は、すでにこの世にいない良子に備わった力が役に立った。良子は、みどりの心の痛みを読み取った。
 みどりは良子の冷たい体をさす擦りりながら
「うちも死にたい」
 と泣き出した。
 
 良子はみどりの体を突き放して、怒鳴りつけた。
「よう言わぁ。夫の浮気。姑の介護ぐらいで死にたいとは贅沢やで! うちは、してやりとうても、できひん! 生きることは素晴らしことや。あんたの歌は今でもいける! あんたは絶対音感があるんやで」
「良子……」
「おおっと、あかん、あかん。この世にいられるタイムリミットや」
 良子の慌てぶりにみどりは驚いた。
「そんな~、折角会えたのに」
 みどりは良子の手を離したくなかった。
「この世にいられるタイムリミットは、守らなあかんのや。ええか、良子、頑張ってみ! うちはあの世から、ずっと応援してるで」
 力強く言い残すと、良子の乗った赤いミニバンは満天の空に吸い込まれて行った。

 みどりがうつろな眼をしてぼんやり立っていると、初老のお巡りさんが
「奥さん、大丈夫ですか」
 と尋ねてきた。
「私は、あの……生きてますのやろか?」
 みどりは彼に、おずおずと問うてみた。
 お巡りさんは何があったのかも聞かず、笑顔で
「うん、生きてはるで!」
 と言ってくれた。
 彼はみどりの足元の紙切れを拾った。
 紙切れの中を覗きこむと
「えっ、これは“ユニコーンボーイズ5”ですやん。懐かしいなぁ。あの頃、桜女子高に“クレイジーガールズ5”と言うグループがおって、ユニコーンの真似をしてうと歌てたなぁ。そのボーカルの子は物凄く歌がうまかった!!」
 お巡りさんは力強く言った。
 彼の想い出の中に“クレイジーガールズ”の存在があり、そのうえに、みどりの歌の上手さを知ってくれていた。みどりは嬉しかった。
 お巡りさんが立ち去ったあと、みどりが天空を見上げると、そこには笑みを浮かべた良子がいた。





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