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片想いの騎士
村瀨 朋子
オレは、女性に付き添い護衛をする、誇り高き騎士だ。十七才になる琴美ちゃんを、長い間、ずっと見守り続けている。
言っておくが、オレは、身長二〇センチ足らずの、年季の入った『ぬいぐるみ』だ。
白馬の頭のてっぺんに、一本の角が生えた幻獣『ユニコーン』の愛らしいぬいぐるみだ。
恥ずかしながら、このオレは、琴美ちゃんから“ユータン”と呼ばれている。
琴美ちゃんが五才の時のクリスマス、オレは、サンタクロースからのプレゼントとして、この家にやってきた。
「うわぁ、かわいい!」
幼い琴美ちゃんが、オレをムギュ~っとハグした時、騎士としてのオレの魂が、ぬいぐるみに宿った。
それから、オレ達はいつも一緒だ。
色白で、さらさらの黒髪の琴美ちゃんだが、幼い頃は、本当に泣き虫だった。一人っ子で、人見知りの激しかった彼女は、不安になると「ユータン……」とすぐにオレを抱きしめ、長いマツゲを濡らしていた。
その度に、オレは琴美ちゃんの心に寄り添い“大丈夫ですよ。私が、全力でお守りします”と励まし、モヤモヤした不安に、共に立ち向かってきた。
そうして彼女は、徐々に成長していった。
かつての泣き虫の琴美ちゃんも、高校二年生の今では、クラス委員に選ばれるほど、明るく頼りになる人気者だ。嬉しい限りである。
彼女のベッド脇の棚にいるオレは、昔に比べると、琴美ちゃんから、話し掛けられる事も少なくなった。寂しいが、仕方のない事だ。
しかし先日、学校から帰宅後、琴美ちゃんは、久しぶりにオレを両手に持ち、潤んだ目をしながら「ユータクン……」と言った。
オレは“ユータクン? オレの名前はユータンだぞ”と思ったら、彼女は顔を赤くして「スキです。付き合って下さい」と言った。 んなっ、なんだって! オレは嬉しさのあまりパニクったが、残念ながら勘違いだった。
琴美ちゃんは、明日のバレンタインに、同じクラスのユウタ君という、好きな男の子に、告白をするらしいのだ。そのために、オレを使って、予行練習をしているようだ。
「あぁ! どうしよう」と、琴美ちゃんは呟き、窓の外の真っ赤な夕焼けを眺めている。
「きれいな夕日、私とは大違い……」と言い、オレを胸に抱え込んだ。彼女の自信をなくした目からは、みるみる涙がこぼれ落ちた。
夜になっても、琴美ちゃんは眠れずにいた。
オレをハグしたまま、窓越しの星空を見ている。
「ユータン、一緒にいてくれて有難うね」
優しい琴美ちゃんは、そう言ってくれた。
オレは彼女を、夜空の夢の中へ、誘った。
夢の中では、オレは『ぬいぐるみ』ではなく、体長二メートル近くもある、等身大のユニコーンになれる。背中に琴美ちゃんを乗せて、風をなびかせ、星空を駆け巡った。
“大丈夫ですよ。琴美ちゃんは、充分に魅力的な女性です。この私が、保障致します!”
一つ一つ壁を乗り越えて、成長していく大好きな彼女に、自信と勇気を届けたかった。
夜が明け、眠りから目覚めた琴美ちゃんは、窓の外の朝焼けを目にした。サーモンピンクのグラデーションの空が、キラキラしている。
「あぁ、キレイだな。私も、なれるかな」
琴美ちゃんは、そう言って、オレを優しく撫でた。きっとバレンタインの告白は、ウマくいくだろう。
オレの騎士としての、役目も終わりに近い。
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