創るcollaboration 第ニ回コラボレーション企画
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Message

こづか まやこ


 ふふっ……クスクス……。
(笑ってる。小さな女の子……由奈(ゆな)?)
 江里(えり)は足を止め、周りを見回した。そして、その絵を見つけた。
 白い翼と金色の角を持つユニコーン。背中に女の子が乗っている。
 今日は、江里が通っている高校の文化祭だった。美術クラブの展示室で、江里はまるで彫像になったかのように、立ち尽くしていた。
「その絵、ぼくが描いたんだ。良かったら感想を……えっ、あっ?」
 振り向いた江里の顔を見て、男の子はひどく慌てている。それで初めて江里は、自分の涙に気がついた。

 由奈は、江里の双子の妹だった。二卵性だったのであまり似ておらず、由奈は病弱だった。江里はいつも由奈のために、自ら進んでいろんなものを譲歩していた。
 ところが、二人が七歳になった誕生日。両親がわざわざ外国から取り寄せてくれたプレゼントは、手違いで一つしか届かなかった。それは、大きな美しいユニコーンのぬいぐるみで、純白の体に純白の翼、鬣(たてがみ)は赤く、角は金色だった。

「私、一旦は諦めたの。……でもダメだった。どうしても独り占めしたくて、とうとう妹から取り上げて隠してしまった。妹は泣いたわ……そしてその後まもなく亡くなった」
 今まで、誰にもしたことのない話だった。
「それからずっと、自分を責めてるの? 自分だけが幸せになっていいはずがないと、親しい友達も作らずに?」
 江里は思わず顔を上げた。細い銀縁の丸メガネの奥から、優しい瞳が見返している。
「ぼく、転校が多くて友達ができなくてさ。君もそうなのかなって、思ってた」
 江里が驚いて目を見張ると、彼は苦笑いしながら頭を掻いた。
「やっぱり認識されてなかった。同じ学年だから体育の合同授業で一緒なんだよ」
 それから真面目な顔になって言った。
「ぼくは身近な人を亡くした経験がないから、偉そうに言えないけど……でも、思うんだ。誰かをずっと忘れないでいることと、自分が幸せになることは、両立させてもいいんじゃないかな」
 江里が一瞬、息を止める。すると彼は焦ったように早口になった。
「あっごめん、もしかしてこれ、ただのぼくの願望かも知れない」
 赤くなっている彼の顔を見ているうちに、何だか可笑しくなってきた。江里が少しだけ笑うと、彼は増々赤くなりながら言った。
「あ、ぼく、笑ってる君の方が好きだな」





 長い眠りから、江里は目覚めた。心配そうな夫の顔が覗き込んでいる。江里は、彼に向かって微笑みかけた。 「今ね、あなたと初めて話をした時の夢を見てた……」
 やはり遺伝が関係するのだろう。二十九歳になった江里は、由奈と同じ病気に罹(かか)った。難しい手術だと言われ、半ば以上、死を覚悟した。もしかしたら、由奈が呼んでいるのかも知れないと。
「手術は成功したよ。先生が、安心していいって」
「そう……じゃあ仕方ないわね。私、これからもあなたと生きていくわ」
「仕方ない、って……ひどいなそれ」
 二人は笑った。
(由奈……いつか必ず、私もそこへ行くわ。でもお願い、もう少し待ってね。できれば、あと五十年ぐらい……)
 再び眠りに落ちていく江里の耳に、楽しげな少女の声が聞こえてきた。
 ふふっ、大丈夫よ、お姉ちゃん。私、本物のユニコーンの背中に乗って、空をお散歩してるの。いつでも夢の中で逢えるから淋しくないわ。だから、もういいのよ、泣かないでね……。





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