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思いわずらう熱帯夜
島村 綾
夏には申し訳ないが、私は夏が大嫌いだ。理由は暑いからだ。
汗っかきなのであせもが出来て痛い。
蚊が多くて喰われて痒い。
手足や首に塗る日焼け止めは、夏だけで6本は買う。
暑くてだるくて倒れたら大変なので、体力をつけようとしっかり食事をすれば太る。
いいことが無い。
現在三十六歳の私が小学生の頃は、家にエアコンは無かった。唯一の冷房家電のナショナルの扇風機は、『切・弱・中・強』と、四つの青い、固い押し味のボタンがついただけの、シンプルなもの。回る羽根の前でアイスクリームを食べていたら、すぐに溶けたので、風が温度を奪うことを知った。
数年後、引っ越しの際に買い足した扇風機には、タイマーがついていた。
また数年後、ひとり部屋をもらった私専用に、もう一台買ってもらった。こちらはリモコンもついていた。が、狭い部屋で活躍の場が無いことを察したのか、いつのまにかリモコンだけ、どこかに消えてしまった。
エアコンを設置されてからも、電気代がかかるからあまり使うなと親に言われたため、扇風機が私のためにとてもよく働いてくれた。
私が暑いと感じる時期、四月の下旬から十月まで一晩中、日によっては一日中回っていた。その働き物も今年の春、とうとう動かなくなった。十年の生涯だった。
六月、家電量販店へ行き、扇風機の進化に驚いた。
省エネ・静音は当然のこと、『部屋を包み込むそよ風』をはじめ、マイナスイオンやプラズマなんたらを発生させる物まである。
私は風を起こせるだけでいいのだ。聞いたことのないメーカーの、店で3番目に安い約三千円の品を買った。
白地に緑のラインが入った涼しげなデザインで、リモコンもタイマーも付いている。これで充分。持ち帰って使って、わかった。
風が強い!
弱と中が同じ強さ!
強すぎて『おやすみモード』が全然休まらない!
これが値段の差だった。
風を求めていたのだから、と納得し、今後数年つきあう覚悟を決めた。
気になるのは、扇風機を回したまま眠ると、体温や水分を奪われて死んでしまうから危ない、という噂話だ。迷信だと思っていたが、今は口の中がカラカラに渇いて、目が覚めることがある。
風力の融通のきかない夏の相棒には、用心しなければいけないようだ。
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