創るcollaboration 第三回コラボレーション企画
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わかるだけに辛いこと

大垣 とし


 以前からの習慣で母はベッドの上に布團(ふとん)、私は畳の上に布團を敷いて寝ている。

 五年前の冬だった。
 当時母は九十八歳、私は七十一歳、その日も一日中冷え込み、私達は夜早々と床(とこ)に入った。
 夜中に突如として、敷いている布團の周囲や、特に頭上に変な音の響きを感じ目があいた。
『ウウーヴーヴヴヴウー』
 つっかかり乍(なが)ら呻(うめ)く、何とも不気味な響きである。
 暫(しば)らく間を置いて繰り返す。当然気になり神経を集中させてはいたが、その同じ響きのリズムに私は再び寝入ってしまったらしい。
 翌朝改めて聞きとろうとしたが、昼間の生活音のせいだろうか。あの響きは全く聞き取れなかった。

 再び夜床に就くと、昨夜と同じく響いている。
『ヴヴヴーウウーヴヴヴー』
 それは丁度牛蛙(うしがえる:食用蛙と同じ)が、五、六匹一斉に鳴き出した声に似ており、夕べよりも強く感じた。
 私が娘に事の次第を電話で話すと、娘は感慨を込めた声で
「そうやねぇ。そちらの家電は皆相当古いのに、頑張って長生きしてくれているものねぇ」
 と生家に住む老人二人を重ねるように呟いた。

 娘のその言葉で、日常全く眼中に無かった冷蔵庫が物入れの奥にある事を思い出した。
 十九年前新しく買い替えた時、予備のビールや水を冷やすために捨てずにいた。
 しかし子供たちは皆巣立ち、母と二人の生活となり、後は冷やす必要のないものばかりを入れていた。
 にも拘らず、その時点でコンセントを抜いていなかったのだ。

 冷蔵庫としての役目を荷なわされたまま、二十数年が経ち限界に達したのだろう。
 二階との天井の空間を通し、音叉の振動効果にも似た助けを借り、自分の悲鳴を伝えてきたのだ。
 高齢の母も相通じるものがあったのだろう
「機械も当然年をとりますわなあ。辛いことどしたやろ……」
 とポツリと云った。

一、娘が嫁ぐ前から役目を果たして呉れていた事。
二、私が少なくとも十年近くコンセントを抜かずに働かせていた事。
三、年を重ね体力の不調が互いに理解出来る事。

 これらの理由を思うと、済まなさと妙にいとしさが生じ『もう暫らく一緒に』との思いで、地震に備えた品々を入れ、再び一緒に暮らしている。

 あれから五年が経ち、母は百三歳となり、私も七十六歳、そして冷蔵庫は二十五歳になった。
 二〇一三年、我が家のこの三体は、多年草植物のように更にもう一年、無事に春を迎える事を祈って過ごしている。





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