010
突然の別れ
児玉 美津江
私が彼と出合ったのは五年前の事である。私は、彼に一目惚れしてしまったのだった。
七年前、家を新築した。
当初の予算より大幅に費用が膨らみ、今まで使っていた冷蔵庫をそのまま使う事にした。
然しドアが左開きなので、いちいち奥まで回らないといけない。
新しい家は右ドアが便利なのだ。
だが、そう贅沢も云っていられない。
二年程その冷蔵庫で我慢したがとうとう買い替える事にした。
「光陰矢のごとし」私達も来年金婚式を迎える。お互いに、良く我慢したものだ。
今度我家に来る冷蔵庫は五代目になる。結婚して五十年と云う事は十年に一度買い替えた計算になる。
夫と共に家電量販店を訪れた。店員さんに
「今、一番お勧めの冷蔵庫、どれですか?」
「ハイ、これが今一番人気のお勧め品です」
彼を一目見た途端、私はビビッときた。
メタリックなダークグレーに身を包み、落ち着いた堂々たるそのフォルム、そして品性。うっとりと見ていると彼は私にウインクした。
「これ下さい!」私の即決に店員は驚いた。
かくして彼は五代目冷蔵庫として就任した。
私は、彼に、ジェームスと名を付けた。
ジェームスはとても使い易く、理想の冷蔵庫だ。或る日夕食の用意をしていたら、後ろで声がした。振り返るとジェームスだった。
「ねェー奥さん、あんたの旦那、よく人をこき使うねー。会社から帰って来ると、寝るまで開けたり閉めたり、もう俺クタクタや。奥さん、あんまり美味しいもん入れんといて!」
上品な見かけによらず、ぞんざいな口を聞く。
「あら! だって食糧難の時育ったから仕方ないのよねェー。御苦労さま、夜中はぐっすり休んでね」
彼は〝ブルルン〟と喜んだ。
ジェームスと出合って三年程過ぎた頃、彼に異変が起きたのである。
冷蔵庫の縁取りのプラスチックが所々剥がれているのに気が付きメーカーの人に来てもらった。
その挙句、両開きのドア二枚とその下の二つの引き出しを取り替える事になった。
ジェームスは、新品同様に生まれ変わった。
其れから二年後、又、下段の野菜室の縁が剥がれた。私は接着剤で貼り付けた。すると前板が空気が入った様に膨らんだのである。
仕方なく、メーカーを呼んだ。
「もうこの冷蔵庫は廃番になりましたので全額返金します。新しいのと買い替えて下さい」
「……」
私は言葉に詰った。
ジェームスと別れるなんて嫌だ。
私は〝ハタ〟と思いついた。
お金だけ貰って、少し下半身の傷ついた彼と過ごそうとー。
なのに、翌日メーカーから電話が架かり
「冷蔵庫買われましたら、搬入日お知らせください。今の引き取りに行きますので」
『ああ、万事休す……』
とうとうジェームスとのお別れの日が来た。重い身体を引き摺りながら彼は連れ去られた。
「ジェームス!」私は泣きながら心で叫んだ。
彼の去った後水滴が涙の雫の様に零れていた。
|