創るcollaboration 第三回コラボレーション企画


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機械頼みは、ほどほどがよい

田村 みさき


 開発者に対して親近感を覚える。その人も、幾度となく迷子になった経験があり、それ故にこんな商品を作ったのではないか。
 自家用車購入時においての、私の最優先事項は「カーナビをつけること」であった。

 私は方向音痴である。土地鑑のある場所も、常とは異なる方角から赴(おもむ)くと途端に迷路と化してしまう。カーナビの発売に快哉(かいさい)を叫んだのは、初めて行く場所には「迷う時間」を常に上乗せしないとならなかった私の、救世主たりうると思ったからだ。

 念願叶(かな)い車もナビも入手した私は、早速ナビに目的地を入力しドライブを開始した。
 ナビ画面に地図が記されるが、音声でも案内してくれる。ナビ画面を凝視しながら運転するのは危険なので、音声指示はありがたかった。

 最初は便利だと思ったナビも、使いこんでいくうちにアラが見えてくる。
 まず、右左折の際、ナビではm(メートル)単位で指示してくる。
「ポーン。百m先、右折します」
 ……待て待て。方向音痴は、えてして距離感も摑(つか)めないものである。ナビは適確に指示したつもりなのだろうが、こちらは百m先がどの辺りなのか、とんと見当もつかないのだ。
 動転しているうちに、右折箇所を過ぎる。
 指示した場所を通行しなかった場合、目的地への道順を再検索して教えてくれる「リルート機能」というものが、ナビにはついている。
 誤った道の通行を察知しリルート機能を働かせるあいだ、ナビは無言になり沈黙の時間が流れる。私の手際の悪さのために、ナビが必要以上の手間を強いられたと責めているようで、この無言が私にプレッシャーを与えた。

 ナビはまた杓子定規な機械でもある。歩行者専用になっている時間帯の商店街(夜間は通行可能)でも突進しろと言う。
 霊園内を突っ切れと指示されたこともあった。その霊園は確かに歩道が広いが、墓石の間を普通自動車が通行するのは非常識であろう。やむなく迂回すると、またリルートの沈黙が私を苛(さいな)む。
 住宅密集地で、唐突にナビが案内を放棄することもある。
「目的地周辺です。運転お疲れさまでした」
 間違いなく目的地周辺ではある。が、密集した家のどれが目的地か教えて貰うことこそが要件なのに、「もうこの先は言わずもがな、判るでしょ」と言わんばかりに、私を突き放すように勝手に案内を終了されると、明確な目的地を把握していない身としては、途方に暮れるだけなのだ。

 不満を抱えつつ、それでもやっぱりナビ頼みでいたころ、問題が発生した。叔父の訃報(ふほう)が舞い込み、倉敷へ移動せねばならないときにナビの※GPS機能が壊れたのだ。
 愛車はまだ大阪府豊中(とよなか)市なのに、ナビ画面は兵庫県宝塚(たからづか)市を走っている。車が岡山県に入ったころ、ナビ上では広島県南部の海上を走っていることになっていた。
 ナビは役に立たない。幾度も停車しては、全国ロードマップ(本)を見るという作業を繰り返し、目的地に到達するころには、私はすっかり疲労困憊(こんぱい)していた。
 他力本願が過ぎると窮地に陥ることを痛感した。苦手意識の克服を誓うこのごろである。

※GPS……人工衛星を利用して自分が地球上のどこにいるのかを正確に割り出すシステムのこと。





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