創るcollaboration 第5回コラボレーション企画
010

夢色のドレスを着た私

伊東 香代子

 大寒の日に、亡夫の最愛の弟である叔父が、心筋梗塞と心不全を患い緊急入院したと、叔母から連絡が入った。
 悲しいことに頼りにする子供は、叔父夫婦にはなかった。

 京都にある阪急沿線の桂駅から『特急』に乗り、淡路駅から天下茶屋まで大阪市営地下鉄で行き、そこで南海電車『関空行急行』に乗り換えて、貝塚駅で下車した。

 父方は百歳を越える人が多く、長生きの家系で、八十八歳の叔父の危篤の知らせに、私は驚いた。電車の車窓がスクリーンになり叔父の想い出が映し出された。私はそっと目頭を押えた。

 私は凍てつく寒さに震えながら、叔父の室に辿り着いた。
 静かにドアを開けると、叔母は不在であった。
 ベッドには大柄な叔父が小さくなって静かに寝ていた。
「千蔵(ちくら)さん」と言いながら中年の看護師がドアを開けた。
 私と目が合うと「大丈夫ですよ。千蔵さんは」と言いながら、私の手の平に、小さな古い写真をのせた。
「千蔵さんが集中治療室に落としていましたよ。貴女と千蔵さんね。貴女が着ている洋服は、ナイロンのワンピースでしょう。私も買って貰いました。あの頃、大流行しましたね。そう五十数年前でしたね。懐かしいですね。昔、昔のことですね」と言うと、笑顔を残し病室を後にした。
 私はゆっくりと窓側の簡易ベッドに座り、看護師から渡された写真を見入る。

 この写真は、私の記憶を紐解くと、叔父が大阪府警察に勤務して初めての盆休みで父方の本家に帰省していた時に、私の亡父が撮ったのだ。
 私と七つ年上の本家の従姉と叔父、三人で駅前の商店街を、散歩したときに、私達はわざと、女の子のナイロンの洋服が多く飾ってある店の前に立ち止まり、動こうとはしなかった。
 私達の気配を察した叔父は「こうたるで」と大声で言うと、店の奥にズカズカと入り込んで行った。
 放心状態の私達の前に戻って来ると、叔父の手には、藤色のナイロンのワンピースが二着握られていた。
 デザインは双方共にシンプルなプリンセスラインで、従姉の地模様は藤色の細かいロット刺繍であった。
 予期もしなかった色だが、私達はナイロンの洋服に満足したのだ。その夜、私達は千蔵国の姫となった。

 生死さ迷う叔父の手を握り、私は亡父に祈った。
「おいちゃんに、孝行させてください」と。

■ 第5回コンテンツに戻る ■