創るcollaboration 第一回コラボレーション企画
003

オー・マイ・ガット

(おお、神よ)

村瀨 朋子



「あ~腹減ったぁ、何か食いもんない?」
 中学二年生、陸上部の田丸亮(たまるりょう)は、帰宅早々、台所で夕飯の支度をする母に、言った。
「今日も部活の走り込みで、天神様の境内まで、三往復だぜぇ。オレ、ぶっ倒れそう!」
 夕飯まで待てず、冷蔵庫を漁(あさ)る亮は、何やら怪しいカップに入った食べ物を見つけた。
「何これ?」手のひらサイズの、真っ黒な容器に、真っ赤な牛のシルエット、そこに金色の文字で『THE COW GOD』と書かれている。不思議そうに眺める亮を見た母は
「今日、この辺じゃ見かけないお爺さんが、ヨーグルトの訪問販売だとかで、試食用に一つ、置いていったのよ。不気味だし、捨てるわね」言い終えた時、亮はそのヨーグルトを一気に平らげてしまっていた。
「うん、濃厚な味で美味いじゃん!」脳天気にそう言い、夕飯まで一息つこうと、テレビを見ながらリビングで、うたた寝をした。


 それから、何分か、何時間か経ったのか、亮は肌寒くて目が覚めた。リビングと明らかに景色が違う。朝靄(あさもや)の中、鳥の鳴き声が妙に近い。ウソだろ、屋外じゃないか!
 そこは毎日、部活で走り込みをしている天神様の境内だった。亮が混乱し、慌てふためいていると、嗄(しわが)れた男の声が聞こえた。
「若者よ、おはようさん!」信じられない事に、境内の東側にある『神牛(かみうし)』と呼ばれる等身大の牛の像が、不意に話し掛けてきた。
 天神様の境内の東と西に『神牛』が居たのは、知っている。人の体の悪い所を治してくれる人気の神様で、牛の像と同じ箇所を撫でると、治ると言われている。亮も友達とふざけて、触った事がある。でも何故、亮は天神様で目覚め、神牛の言葉がわかるのだろう。
「お前さん、あのヨーグルト食ったじゃろ」
 東の神牛は、事の成り行きを話し始めた。
 神様の遣いと呼ばれる神牛は、50年に一度、御神体(ごしんたい)から願いを一つ、叶えて貰う事が出来るそうだ。
 東の神牛の向かい側に鎮座する西の神牛は、好きな女子(おなご)に逢う為、一週間だけ人間になりたいと申し出、例のヨーグルトを食べた亮の体と、入れ替わったらしい。
「てことは、今、オレは西の神牛?」ビクともしない体に、亮は男泣きしそうになった。
 その時、亮に扮する西の神牛が、ヘラヘラしながら、こちらに走り寄って来た。
「お前の体よぉ、大事に使わせてもらうな」
「オレの体、返せ!」西の神牛に扮する亮は、怒りの猛攻撃をした後、東の神牛に聞いた。
「西の神牛って、どんなヤツ?」
「ハッハッハ! 一言で言うと、女ったらしじゃな。もちろん、妄想の中でじゃが、参拝客の女子(おなご)と、ランデブー三昧じゃ!」
「マジかよっ! 西の神牛ぃ、お前ぇ……」
 すかさず、亮の姿の西の神牛が、口を挟む。
「へへ、安心しなって。毎朝こうして、報告に来るからよっ。亮を格好良く演じるぜぃ」
 これから一週間、学校生活では、目立つ事は避け、周りに合わせる様に、約束させた。


 一方、西の神牛に扮する亮は、身動き取れず、暇を持て余すと思いきや、そうでもなかった。午前中は、参拝客が意外に多い。皆、体の悪い所を治して貰おうと、神牛を撫でまくるのだ。
 撫でられている間、不思議な事に、その人の願い事が、聞こえてくる。驚いて、東の神牛に尋ねると「その願いを御神体にお伝えするのが、ワシらの役目じゃ」と答えた。
 お昼過ぎ、参拝客が落ち着き、東の神牛とおしゃべりをする。東の神牛は、羽目を外せない慎重な性格で、50年前に御神体から叶えて貰った願い事は、お祭りの出店で人気だった『みたらし団子』を食べる、そんな事に使ったらしい。西の神牛と、正反対だ。
 夕方になると、亮の所属する陸上部の部員達が、走り込みをする為、境内にやってきた。
 その中に、亮の姿の西の神牛もいた。何ともヘラヘラした走りに、牛の像の亮は、愕然とした。しかし、それだけではない。
 陸上部のマドンナ的存在、えくぼの可愛い白川美穂ちゃんに、纏(まと)わり付く様に、話し掛けている。普段の亮は、男友達の前では陽気だが、気になる女子の前ではポーカーフェイスを装っている。
 すると、白川美穂が神牛扮する亮の方へ、やって来るではないか。亮は、牛の像になっている事を忘れ、顔を赤らめた。
 白川美穂は、神牛の左膝をそっと撫でた。
『セツコおばあちゃんの足が、どうか良くなります様に……』亮にはしっかりと聞こえた。
 東の神牛の話によると、馴染みの参拝客である彼女の祖母“セツコおばあちゃん”は、足を患い入院しているらしい。しかも、そのヒトこそ、50年前から続く西の神牛の、恋のお相手だと言うのだ。あぁ、何て事だ…… 「白川美穂の周りをうろつくなよ!」と神牛姿の亮が注意しても、亮に扮する西の神牛は
「わりぃ、わりぃ。それにしても女子の体操服、短パンだなんて、色気のないこった。昔の提灯(ちょうちん)ブルマーが良かったのによぉ」
と言う始末。
 ちゃらんぽらんな亮の姿の西の神牛は、自由に動ける中二の男子を、充分楽しんでいる。
 週の半ばには、白川美穂と亮の姿の神牛は、完全に友達になっていた。さすがに女たらしだぜ、と思いながらも、神牛姿の亮は、毎日彼女の願い事を、丁寧に御神体へお伝えした。


 約束の一週間の最終日、日が暮れた頃、亮の姿の神牛が、突然妙な事を言い出した。
「お前の体でよぉ、お百度踏んでいいか?」
 聞けば、入院中のセツコさんは、近々足の手術をするらしい。手術の成功を祈願して、天神様の鳥居から本殿までを、百往復もする“お百度参り”をしたいと言うのだ。
 一往復約400メートルを100回、それがどんなにキツイか、亮には容易に想像できた。同時に、いい加減な西の神牛に出来るわけがないと思い、言った。
「やれるもんなら、やってみろよ!」
「へへ、アリガトよっ」そうして、人目を忍んで亮の姿の神牛は、ヘラヘラと走り始めた。

 小石を100個用意し、一往復ごとに1個ずつ本殿に置き、百往復数えていく。東の神牛は「夜の12時で、神牛の姿に戻るぞ。あと5時間少しでは、無理じゃろ」と引き留めたが、「何とかなるってもんよ」と受け流した。
 タッタッタッタ――静かな境内を、亮の姿をした神牛の足音だけが、響く。 

 神牛姿の亮は、きっと30往復もすれば、西の神牛は音を上げるだろう、と踏んでいた。
 けれど、力の抜けたヘラヘラ走りが、功を奏したのか、50往復まで何とかいけた。
 あと残り半分、徐々に表情が険しくなり、腕の振りが妙に力んできた。時折、足に激痛が走るのか、眉間にシワを寄せる様になった。
 神牛姿の亮は、汗まみれで、苦痛に満ちた表情の“自分の姿”を見るのがイヤだった。
 その姿が格好悪く見えるので、恥ずかしくもあり、もどかしくもあった。
 70往復過ぎた頃、深刻さは増し、ペースは落ち、気力のみで走る域に入っていた。
「おい、西の神牛、もう諦めろよ。セツコさんの事は、御神体に、お願いしてあるしさ」
 神牛姿の亮が言うと、亮の姿の神牛は、今まで見た事のない恐い顔で、睨み付けた。
「ラクして、願いを叶えて貰おうとすんなっっ」
 すると、東の神牛は、静かに言った。
「アイツは、セツコさんを本気で好いとるんじゃ。50年前にこの町に嫁いでから、週に一度必ず参拝に来て、ワシら神牛を優しく撫でてくれた。ただの一度も、願い事をしなかった。毎回“いつもお勤めご苦労様です”と微笑む彼女の一言が、どれ程嬉しかったか」


 亮に扮する西の神牛は、体中の毛穴から汗を吹き出し、顔をクシャクシャにして、足を引きずりながらも、セツコさんの為、必死に走っている。それほどまで、彼女を……
 次第に神牛姿の亮も、胸が熱くなり、気が付くと西の神牛を応援していた。
 アイツを心から“格好いい”と思えた。
 そして、力の限り、声を振り絞った。
「ラスト一往復、ファイトー!!!」
 遂に、百往復終えた時、突然、真っ白な稲妻が走り、亮は気を失った。


 翌朝、目覚めると亮は、めでたく人間の姿に戻っていた。しかし、高熱と全身筋肉痛で、それから三日間、学校を休むハメになった。
 ようやく熱が下がり、夕方には食欲が出てきたので、亮は台所に行き、冷蔵庫を開けた。
「なぬぅ~!!!」
 そこには、見覚えある怪しげなヨーグルト『THE COW GOD PartⅡ』があるではないか。何でだよ! 亮は、自転車に飛び乗り天神様に行き、西の神牛に言った。
「これ以上は、勘弁してくれよぉ」
 すると、隣の東の神牛が、照れくさそうに
「い、いや、すまんが、今度は、ワシと入れ替わってくれんかの~」と言う。
「ったく、ワケわかんねぇし」
 亮が呆れていると、後ろから、不意に白川美穂の声がした。
「あっ、亮くん! こんな所でどうしたの? 体はもう大丈夫なの? 私ね、セツコおばあちゃんの手術が、無事成功したから、報告に来たの。おばあちゃん、何度もお見舞いに来てくれた亮くんに、また、会いたいって!」
「オ、オレに?」
 咄嗟(とっさ)に答えた亮だが、彼女のキラキラした笑顔が、まぶしかった。
 すると、西の神牛が亮の耳元で囁(ささや)いた。
「おい亮! 美穂ちゃんとウマくやれよ!」

学校法人 大阪デザイナー専門学校
イラストを描いて下さった学生の皆様へ

皆さん、こんにちは! 短編フィクション『オーマイガット』の作者、村瀨朋子です。 
先日、皆さんのイラストを、文章講座の松尾先生から見せて頂いたのですが、言葉にならない感情が、込み上げてきました。
こんな主婦の書いた文章を、若い生徒さん達が、一生懸命読んでくれて、イラストで表現してくれて、なんと有り難い……「うぅ~」と泣くのをこらえるのに、必死でした。
 この物語は〝神牛〟という存在をネットで知り、イメージを膨らませて書きました。
 去年、中三の息子が受験生で、家族で京都の北野天満宮に、合格祈願に行ったのですが、参道に神牛の像が沢山あり、一人密かに構想を練ったものです(笑)
 皆さんのイラスト、魂がこもっていて胸にジーンと伝わってきました。これからも、どうか絵で表現することを、楽しみながら前へ進んで下さいね。本当に有難うございました。

村瀬朋子

村瀨 朋子

1969年、山口県生まれ、京都府在住

公募やその他入選歴など

全国放送のラジオドラマ『心のいこい』シナリオ執筆。

書き続ける理由

自分でも不思議だが、苦しくとも書き続ける事で「きっと成長できる!」という、根拠のない自信があるから。

大切にしている言葉

勇気を持って、自分の声に従う!

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