創るcollaboration 第一回コラボレーション企画
008

愛のキューピッド犬マロン

西村 万里子



 明け方、マロンは不思議な夢を見た。今まで見たこともないような別嬪さんの女神様が現れて、マロンを愛のキューピッド犬にしてくれると言う。マロンの行く先々には愛が溢れ、周りの者は皆、幸せになる。また様々な不思議な力(マロン・パワー)も与えられるとのこと。
 目覚めると、枕元に箱が置いてあり、中には天使の羽と矢のセットが入っていた。羽を肩に付けると、体に変化が起こった。マロンは八才のチワワ犬で、人間なら50代後半。若い頃の活力が戻ってきて、じっとしていられなくなり、飼い主の美希に散歩をせがんだ。
「ワンワン」
「あら、マロン。今朝は随分元気ね。昨日より毛並もよくなって若がえったみたい」

 美希には羽を付けたマロンの姿は見えていない。女神様に与えられた不思議な力で、天使の羽をつけたマロンの姿は人間には見えない。
 ここは京都。いつものように御所に行くと、女子犬達が、花の蜜に吸い寄せられる蝶のように群がる。マロンの気を引こうと、それぞれに工夫を凝らす。頭に桃の花を飾る者、鼻先に新緑の葉を乗せる者、桜の花を咥えているのもいる。マロンがイタズラっ気を起こし、流し目を送ると「キャー、マロさま~」あちこちから黄色い歓声が飛んだ。生まれて初めてのモテ体験に気をよくしたマロンは、毎朝美希と散歩に行った。マロン人気は日毎に高まり、あっという間に3日が過ぎ4日目の朝方、夢に女神様が現れた。
「コラッ、ワレ何さらしとんねん。ちぃっとは人の役に立つことをせんかいや。ええかげんにせな、血ぃみるど」絶世の美女の女神様は、河内弁でまくし立てた。恐れをなしたマロンは、必死で人の役に立つことを考えた。「そうだ。今まで可愛がって貰った御恩返しに、美希さんを幸せにしよう」
 美希は窓辺にもたれ、深いため息をついた。
「あーあ、このまま一人ぽっちで年を取ってしまうのかしら……」
 朝から何だか体が熱っぽい。病院へ行こうと家を出た。
「あら、いつの間にこんな所に病院が出来たのかしら? 昨日まではなかったのに」
 看板には『愛誠会病院』とある。マロン・パワーで一晩のうちに建てた病院だった。
 病院に入ると、向こうから医師が歩いてくる。肩を落として歩く姿に見覚えがある。
「あら、あなたは」
「おや、君は」
 互いに声をかけた。初恋の人、誠が立派な医師になって美樹の前に立っていた。優しげな目元は、30年前と少しも変わらない。懐かしさで胸がいっぱいになった。
 美希は入院することになった。主治医の誠と毎日顔を合わせるうちに、自分の気持ちが昔と少しも変わっていないのに気付いた。
 退院の日が近づいた。(もう誠さんに会えなくなる。きっと私のことなど忘れてしまうわ)沈む美希を見てマロンは悩んだ。美希を幸せにするために、病院を建て誠と再会できるようにしたのに。(どうすればいいのだろう……)マロンは深いため息をついた。
 次の日病院へ行くと、マロンは誠先生に呼ばれた。マロン・パワーのなせる業で、誠にはマロンが人に見える。美希は余命半年。残された時間を家で過ごすための退院、とのこと。マロンは、びっくりした。美希をこのまま死なすわけにはいかない。今回はマロン・パワーでは太刀打ちできそうもない。そうだ。女神様にお願いしてみよう。だが、またあの河内弁でまくしたてられたら、と思うと怖くて決心がつかない。あれやこれや悩みながら、いつの間にか眠ってしまった。 
 夢の中で、遠くから三味線の音と賑やかな笑い声が聞こえてくる。通りには芸者さんが行き交う。どうやら祇園町に来ているようだ。こんな所で遊んでいる場合ではない。女神様に会わなければ。
「女神さま~女神さま~」
「いや~、マロ様どないしはったん? なんやえらい顔色が悪いわ。なんか悩みごとでもあんのんちがう? 一人で抱え込んだら体に悪いえ。うちでよかったら相談にのりまひょか?」
「ぼくは、女神様を探しているんです」
「いややわー。てんご(冗談)ばっかり言うて。もう忘れはったん? うちがその、め、が、み、様やんか」 「えっ。〈何さらしとんねん〉の、あの女神様ですか?」
「そうや。そんなもん、うちらかて色々工夫せな、飽きられてしまうやないの。ほんで、どないしはったん?」 「いや、実は…………」マロンは事情を話した。
「そらほんま、お気の毒なことやわ。わかりました。うちが、ひと肌脱ぎまひょ」
 マロンはその日の夜中、病室に忍び込んだ。女神様に言われたとおりに、弓矢の先に秘薬「ヤマイ・ナオールエ」を塗り、「エイヤッ」全身の力を振り絞って、美希の心臓めがけて弓矢を解き放った。
 次の日の朝病院へ行くと、てんやわんやの大騒ぎ。美希が見違えるように元気になり、病気はすっかり治ったとのこと。不思議がる誠先生。(女神様ありがとうございました)マロンは心の中で手を合わせた。
 すっかり元気になった美希とマロンは、御所へ散歩に行った。久しぶりのマロン登場に、女子犬達はにわかに浮足立った。あっという間に女子犬達に取り囲まれるマロン。だがマロンは、美希の様子が気になって、以前のようには喜べなかった。
 美希はマロンと散歩をしながらも、心ここにあらずで、遠くの雲を見ては、「ほー」大きなため息をつく。恋をしたことのないマロンには、美希の気持ちが分からない。(せっかく病気も治って退院したのに。どうして美希さんは幸せそうじゃないんだろう……)マロンも「ほー」大きなため息をついたが、美希には「ワン」としか聞こえなかった。
 ある日、スーパーに買い物に出かけた。(あら。あれは誠先生)思わず声をかけようとして、隣に若い女性がいることに気付いた。(あの人は、たしか……)病院で、一番美人と評判の看護師だった。二人は寄り添って、買い物の相談をしている。(そうだったの。誠先生には、あんないい人がいたのね)美希はがっかりした。その様子を見て、マロンはやっと気付いた(美希さんは、誠先生が好きだったのか。少し元気を取り戻したところなのに、また悲しむのかな)マロンは心配で、その晩は寝付けなかった。
 ところが、病気で苦労をした美希は、見違えるほど逞しくなっていて、失恋からの立ち直りも早かった。(誠先生のことは、きれいさっぱり忘れて、私も新しい人生を生きよう)
 手始めに、お見合いパーティーに行くことにした。年より若く見える美希は、パーティー会場で、とてもモテた。次から次へと男性が言い寄ってくる。皆それぞれ、素敵な人達ばかりだったが『これ』と思う人はいない。
   一人目の彼は、資産家だが若禿で、見た目が好みではなかった。二人目は、話が上手で楽しかったが、全身ブランド品で身を飾る見栄っ張りだった。三人目は、優しくていい人だったが、話の途中で「お母さん」を連発するマザコンだった。結局何の収穫もなく、美希は疲れて家に帰ってきた。
 次の日、いつものようにマロンと御所に散歩に行くと、素敵な男性に声をかけられた。その人もチワワを連れている。話も弾み、マロンと彼の愛犬チョコも気が合い、二人と二匹はとても楽しいひと時を過ごした。明日も会う約束をして別れた。
 朝がくるのを待ちかねて、美希は御所に行ったが、彼はどこにもいない。その代り、約束の場所にいたのは誠だった。
「どうして、あなたがここにいるの?」
 不思議がる美希に誠が説明した。
 昨日の彼は、誠の弟だったのだ。弟は結婚詐欺師で、女性を次々騙してはお金を取る。連れていたチワワ犬のチョコは、本当は誠の愛犬で、女性を安心させる小道具として弟が勝手に連れ出していたのだ。
 今朝、誠は、弟の机に置いてある手帳を見つけた。(実は手帳を目につく場所に置いたのはマロンだった)そこには、日付と場所が書いてある。ピンときた誠は事実を告げにここへ来た。そこへ現れたのが美希だった。びっくりしたのは、誠の方だった。
「あなたは私の命だけではなく心も救ってくれたのね。本当にありがとう。どうやってお返しをすればいいのかしら」
「お返しなら、僕の側にいて一生をかけてして下さい。僕と結婚してくれませんか?」
「えっ、でもあなたには、いい人がいるじゃありませんか」
 美希はスーパーで見かけたことを話した。すべては美希の誤解だった。看護師の彼女は誠の妹だったのだ。美希に笑顔が戻った。
 ひと月後、美希と誠は教会で結婚式を挙げた。二人の指には、お揃いの結婚指輪が光る。マロンとチョコの首にもお揃いの首輪があり「ラブ♡」の文字が書かれていた。

西村万里子

西村 万里子

1957年まれ

公募やその他入選歴など

投稿誌『わいふ』で入賞。

書き続ける理由

書き始めて10年、読んで笑える面白い文章を書くのが目標です。フィクションを書く楽しさにも目覚めました。

趣味

ピアノ。文章を書く事。→これでボケ対策は万全。

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