創るcollaboration 第一回コラボレーション企画
010

秘密のジョーカー

青希 佳音



 僕はパピヨン犬。大好きな二木妙子(ふたぎたえこ)さんに、パピーと名付けられたその日から、まるでお母さんの様な接し方で愛して貰っている。でも5年の歳月が流れた今、彼女を恋人として見る様になってしまった。誰もが羨む様な、聡明な美人、胸はやや小さいが、それが余計に彼女を理知的に見せている。そんな妙子さんが、最近恋をしだした。

 お相手は、これも又女性にもてそうな、いかす男だ。名は岡山史介(おかやまふみすけ)。運送会社社長の御曹司らしい。最近ちょくちょく家に出入りするようになってきて、僕の存在感が薄くなってきた。今まで妙子さんを独り占め出来ていた僕にとって、いけ好かないライバルだ。
 15年もOLをやっていて、どんな男にも目を呉れなかった彼女が、ぞっこん惚れていると言うのはどうも気に食わない。しかし彼は、178cmの身長で、誰が見てもスマートだ。妙子さんとも、お似合いのカップルだと認めざるをえない。

 言い忘れたけど僕は、いつも二足歩行をしている。すると史介の奴怪訝な顔で
「この犬おかしいんじゃない? いつも立って歩いて、不恰好だよね」と言う。すると妙子さんは
「ああ、パピーはいつもそうなの。その方が楽みたいよ」って、涼しげな顔で言うんだ。最初は妙子さんも不思議に思っていたが今は、もうそれが当たり前になってしまった。実は妙子さんも僕の二足歩行の、秘密を知らないんだ。
 二人のなれ初めは、ある雨の日、史介と妙子さんは同時に手を挙げた。そこに一台のタクシーが止まったんだ。当然男は彼女に、やっと見つけたタクシーだったが譲った。申し訳なく思いながら妙子さんはその車で家に帰ったのさ。その時慌てて乗ったため、彼女はトートバッグから、小さなポーチを落としてしまった。それを拾った彼は、後ろめたさを感じながらも、開けてみると、そこには名刺入れと、保険証が入っていた。それで電話をかけ、彼女に渡す約束が出来たと言う訳さ。

 そりゃ妙子さんにしてみれば、タクシーは譲ってもらったし、大事な保検証は届けてもらうし、その上イケメンとくれば、もうぞっこんなのは分かるけどね。でも何とかこの男の正体を、彼女に教えてあげなければ。

 今日はあのいけ好かない、史介が来る日だ。妙子さんは甲斐甲斐しく、最近お気に入りのアボガドの前菜を作っている。
「見て~。美味しそうでしょう?」と僕にそうだと言って欲しいんだろうな。確かに、サイコロに切ったアボガドの緑とマグロの赤色が、見た目にも美味しそうだ。
「さあ、ここにワサビ醤油をかけて出来上がり~」と満足げだ。冷蔵庫からワイン取り出し冷え加減を見ている様子は、初々しく僕はジェラシーを感じる。悔しいが又惚れ直してしまった。
 白いお皿に、サイコロにきったマグロとアボガドを小高く盛り上げ、スプーンを添えると、一流レストランの雰囲気が出て来るもんなんだなあ。
 後はチーズと千切りにした赤のパプリカと大根に、もみ海苔を散らし、バージンオイルと、岩塩(がんえん)をぱらぱらと振り掛けてサラダの出来上がりだ。
 テーブルには、藍色のランチョンマット、白いお皿にアボガドの緑、マグロの赤、海苔の黒と、とても鮮やかな食卓が出来上がった。僕は忘れられているらしい。そこで、彼女のスカートの裾をかじった。すると妙子さんはっと気が付いてくれて「ごめん、ごめん。パピーの用意忘れていた」と、慌てて僕の食事の用意をしてくれた。

 すると来た、来た。彼氏のご到来だ。ワインを開けて、二人で幸せそうに乾杯をしてご機嫌な様子。僕は、早く帰れと念じながら、隣の部屋で寂しく座っていた。
 僕の耳はとても高感度なのを忘れているらしい。どんな小さな声で囁いても、二人の会話は手に取る様に聞こえて来る。史介の奴「君の唇は柔らかいね」とか「この瞳ポケットに入れて持って帰りたいよ」等と言いやがんの。僕はただただ早く帰れと念じているだけ。
 実は僕には秘密があって、僕は『韋駄天の神』なんだ。その「韋駄天の神」と謂えども、追い返す神通力はなくて、悔しい!

 一時間ほどすると、妙子さんがシャワーを浴びに行った。その時僕は聞いてしまったんだ。史介の奴、他の女に電話してやがるんだ。
「僕だけど、明日行くからね。うん、そうだね。じゃ、お寿司が良いね」だって。


 ひと駅南に、大きな公園がある。そこで妙子さんは、ボール投げをしてくれるから僕の大好きな所だ。
 最近僕の為に買ってくれたゴム製のボールを、どうやら鍵をかける時に、置き忘れて来たらしい。
「残念でした、パピー」と妙子さん。
 僕はがっかりしたが、でもすぐに「しめた!」と思った。
「パピーどこへ行くの?」と言う妙子さんの声を尻目に素早く4本足で家に向かった。ビューンと言う音だけを残して。
「パピーパピー」と妙子さんが叫んだ時。ハアハア言いながらそのボールを咥(くわ)えて帰って来た。
「へえ~~、もう家まで行って来たの?」その時の妙子さんの驚き様、見せたかったな。そりゃそうだろう、十も数えない内に、ひと駅往復したんだから。こんな事は僕には容易(たやす)い事さ。
 何と言っても「韋駄天の神さん」なんだから。それを発揮する機会がなかっただけさ。
「パピー凄い!凄い!」って僕を抱き上げて頭をなぜてくれた。
「四足になると、こんなスピードが出るのね」と僕の目を見て訊ねるから、僕は「うん」と答えた。
「だから君はいつも二足歩きをしていたのね」と、やっと僕の事を理解してくれた様で嬉しくなってしまった。

 数日後、あの史介がいつもの様にやって来た。又妙子さんの手料理で、逢う瀬を楽しんでいた。しかしその日、妙子さんがバスルームに行ったものの、何か忘れ物をしたらしく、ベッドルームに引き返して来た。
 その時史介の奴、いつもの様に電話をしていたらしいんだが、びっくりして急に電話を切ったんだ。その切り方があまりにも不自然だった。さすがの妙子さんも何かを感じたんだろうね。でも帰りには笑顔で彼を見送った。その時僕は瞬間移動をして、史介の死角に行き、彼の後をつけた。

 すると史介は暫く歩いてタクシーに乗った。その車に追いつくのは、僕にとっては朝飯前の事だ。20km位離れた所に建つ、小じゃれた一軒家のブザーを押すと妙子さんに良く似た女性が史介を出迎えた。
手慣れた様子で、彼女の頬にキスなんかしてやんの。
「よし! 突き止めたぞ!」と僕は急いで家に帰った。

 僕の帰りを待ち構えていた妙子さんは、僕の足を濡れた布で拭きながら
「どこへ行っていたの? 史介の後をつけていったのでしょう? そこには可愛い女性がいたのでしょう?」と立て続けに聞いてきた。
「うん。うん。うん」と、僕はうなずいてしまった。
 すると妙子さんの顔はみるみる赤くなり、余ほどショックなのだろう。息づかいも荒くなってきた。こんな妙子さんを見るのは初めてだ。「辛いなあ!」

 冷静沈着を装うとしているのが伝わってくる。妙子さんは大きく深呼吸をして机に向かった。
 朱色の墨で。毒を消すかの様に、念(おもい)を込めて力強く書いた。
「幻の世界から覚醒させて呉れて有難う。何時までも幻の世界に、おぼれている君へ。一ランク上を目指す女より」

「さあ、パピーこの手紙、史介に運んで!」

 そこには、ピュン―と言う風を起こす音がした。妙子さんの心が僕とシンクロして、まるで最後の切札のジョーカーを切るかのような音が鋭く妙子さんの心の中で響いていた。

青希佳音

青希 佳音(あおき かのん)

1938年生まれ

書き続ける理由

70の手習い。話し下手は自分も相手も、まどろこしいものである。文章を書くことによって、少しは自分の考えを上手く伝えることが出来たらと思って始めた。想像力よりもっと自分勝手な妄想力を楽しんでいる。

好きな言葉

自然体。

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