創るcollaboration 第一回コラボレーション企画
011

稲荷サンタ

青木 浩之



 東京のど真ん中、赤坂の稲荷明神の境内に住む「きつねのゴンタ」は、もう少しで、お稲荷様のお使いである稲荷狐になれるところであった。しかし、いたずら好きが災いして、中途半端な小悪魔狐ゴンタとなってしまったのである。
 それは、3年前のクリスマスイブの前日、ゴンタはその日寝起きが悪く、何故かいらいらしていた。そこへ、たまたま通りがかったトラックを少し脅かしてやろうと前に飛び出したのだ。すると運悪く運転手はハンドルをきり損ね、傍を歩いていた朝山健太のお父さんと吉田英二の婚約者をはねて死なせてしまった。「なんてこったい。おいら死なせるつもりは無かったのに」ゴンタは青ざめた。
 それもそのはずで、ゴンタは、もうすぐ稲荷狐になるところだった。稲荷狐になれば、稲荷大明神の使者として、人々の願いを叶えることができたのだ。
 お稲荷様は大そうお怒りになられ、ゴンタを何ともみっともない顔をした小悪魔狐にしてしまった。しょんぼりするゴンタは境内を飛び出して、街の中をうろうろ彷徨っていた。赤坂から、いつの間にか東京タワーの下まで来ていた。そして、お腹が空いたので近くのレストランを狐姿のゴンタが覗いて見ると、そこには、一つのハンバーグを分け合う母と子が居て、悲しい会話をしていた。
 男の子が「お母さん、今年もサンタさんは、うちには来ないね。二人きりは寂しいよ」
 するとお母さんは黙ってうなずき、「健太、ごめんね。お父さんが亡くなってから、サンタさんは来なくなったね」
 ゴンタはハッとした。あの日、自分のイタズラが原因でお父さんを亡くした母と子に違いない。ゴンタは居ても立ってもいられずに、その場を立ち去った。
 次に暗い酒場が気になり中を覗いて見ると気の弱そうな男性がカウンターに項垂れていた。「何でなんだ。運転手は狐が飛び出してきたと言ってたが、東京のど真ん中に狐なんかいるはず無いじゃないか、ぼくを一人置き去りにして」男は悲しみを堪えながら独り言を言っていた。それを見て、またもゴンタはハッとした。「この人も、あの時、おいらのせいで婚約者を亡くしたんだ。そして今、悲しみの淵にいる、おいらは何てことをしたんだろう」ゴンタは自分を責めた。
 街にはジングルベルが響きわたり行き交う人で溢れていたが、ゴンタは見向きもせずに、もといた赤坂の稲荷明神へ急いで走った。
「稲荷大明神様、おいらが悪かった。もうイタズラはしません。ですから、あの親子と男の人を何とかしてやりたいんです。心を入れ替えるから、おいらの願いを聞いてくれよ」ゴンタは必死にお願いした。
 すると稲荷大明神様が現れ、あることをゴンタに告げるのだった。
「ゴンタや、手水舎(ちょうずや)に自分の姿を映してごらん」と稲荷大明神は言われた。すると驚いた。もともと毛は濃かったが、今は頭も髭も、何故か、もじゃもじゃになっていた。鼻は真っ赤で赤ら顔が妙に可笑しかったけど、何より驚いたのは二本足で立っていたことだった。
 稲荷大明神は「ゴンタ、もう、私の使いにはなれないがな、心を入れ替えれば、一つだけ願いが叶うのじゃ」と言っていなくなってしまった。
 いつも言いっぱなしで無責任な大明神様にゴンタは少し腹が立ったが、健太親子と吉田英二に何か償いをしたかったので、ゴンタは悩んだあげく働いて何か彼らにプレゼントをしようと思い立った。それからというもの、この人目につく風貌を生かし、新宿歌舞伎町で客引きのバイトをしたり、怪しいプラカードを持ったりもした。時には背中に般若の顔が描いてある強面(こわもて)の人や警察官に追いかけられることもあったけど、逃げ足だけは速かったので、一度も捕まることはなかった。また稲荷明神様の境内にはお供え物の油揚げが沢山あったし、拝殿の縁の下で寝泊まりしていたから結構お金は貯まった。
 ゴンタは、健太君に何をプレゼントしようかと迷っていた。たまたま通りがかった銀座のライオンがいる百貨店の前で、ショウウインドウを眺めていたら、そこに飾ってある靴下をとても気に入った。前は素足でもさほど寒くはなかったのに、しっぽがあるものの、人間みたいな姿となって、近頃、寒さが身に染みていたから靴下が欲しくてたまらなかった。健太には緑の靴下を買い、自分には赤の靴下と赤の帽子を買った。自分の買い物の方が少し多いのが気になったけど、ゴンタはひとり満足していた。
 夜も8時を過ぎていたが、すぐに健太に届けたくて急いで歩いていると、ふと吉田英二の靴下を買うのを忘れたことに気が付いた。しかし百貨店は、もうとっくに閉まっていたので困りながら歩いていると健太の家まで来てしまった。窓から中を覗き込むと健太はひとり淋しく夕ご飯を食べていた。
「健太のお母さんは仕事が遅いんだな、まだ帰っていないみたいだ」ゴンタは一人つぶやいた。暗く寂しい家だった。
 ゴンタは「コンコン」とドアをたたくと緑の靴下を片方だけ置いて帰った。
 叩く音がしたので健太はドアを開けた。すると、そこには靴下が片方だけ置いてあった。「これ何だろう」健太は不思議に思いながらも靴下を机の上に置いた。
 それから、もう片方の靴下を酒場にいる吉田英二のカバンに入れて境内に帰ると、ふたりの幸せを願いながらも疲れたのか、うとうと寝てしまった。
 眠りについたゴンタは、しばらくして不思議な夢を見た。けど夢の中でも、また、あの煩(うるさ)い稲荷大明神様が、ゴンタをゆすり起こしてきた。「なんですか、大明神様、おいら眠いのに」ゴンタは不機嫌そうに尋ねた。しかし稲荷大明神は何も答えず、石像の稲荷狐の鈴を鳴らした。すると石像が鹿に変身した「何で鹿になるんだよ!?」けれど、相変わらず大明神様は何も言わず、ただ笑っていた。
 そうこうしているうちに、ゴンタは肌寒く感じて目を覚ました。急に立ち上がったので縁の下の柱に「ごーん」と頭をぶつけた。クリスマスイブの日、東京にも深々と雪が降ってきた。
 ゴンタが、ごそごそしていると、脇に何かあるのを感じた。それは赤いコートだった。ゴンタは、とても寒かったので直にそれを着た。赤い帽子に赤いコート、赤い靴下と赤色だらけになった。すると、何やら体がスゥーと急に軽くなって、ふぁふぁと浮かぶような感じがした。そのまま縁の下から飛び出ると、そこには夢で見た立派な角の生えた鹿とソリが待っていた。
「さぁ、稲荷サンタの出発じゃ」と、またも聞きたくない声が聞こえた。「ゴンタ、一つだけ願いが叶う日が来たぞ」と稲荷大明神はゴンタに告げ、またも無責任極まりなく姿を消した。
「そうか、一つだけ願いが叶えられるのなら、おいら、稲荷大明神になってやろうかな」とゴンタはニタリとした。けれど、健太君と吉田英二の顔が浮かび思い止まった。
「よし、おいら、二人に何か素敵なプレゼントをしてやろう。待てよ、そう言えば大明神様は、願いは一つだけと言ってたな」急にゴンタの顔が暗くなり困り果てた。しばらく考えていると、「そうか、吉田英二を健太のお父さんにしちゃえ」とゴンタは思いついた。
 その夜、ゴンタはソリに乗って雪の降る夜空を飛んだ。みんなが寝静まった頃、緑の靴下を片方ずつ、健太と吉田英二に履かせた。そして願いをかけた。「明日から、新しい家族の誕生だ」ゴンタは、やっと肩の荷がおりたような気がした。
 次の日、いつものように、健太君のお家では、お母さんが朝ごはんの支度をしていた。お味噌汁のいい香りがして、「おはよう」と健太君のお父さんが声をかけた。「おはよう、お父さん」と健太君がにこやかに笑って言った。そこには、いつもと変わらない幸せな家族があった。
 一つだけ願いが叶えられる神様「稲荷サンタ」となったゴンタは、それを見て大空高く舞い上がり、そのまま昇天し星となった。
 毎年、クリスマスイブの夜だけ、ひときわ輝く星がある。それがゴンタの稲荷サンタとは誰も知らない。

青木浩之

青木 浩之

1962年生まれ

書き続ける理由

無性に活字が恋しくなる時ってあります。書き続けることで、いつか、その文章が、皆さんに少しの微笑みや感動を与えられることができれば、どんなに素晴らしいことかなと思って書いています。
それには、感性を磨き、教室でもっともっと学び、たくさん書かなければと思っています。

大切にしている言葉

凜として立つ

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