創るcollaboration 第一回コラボレーション企画
014

宝船

児玉 美津江



『あーもうヤだ、ヤだ』
 恭子は48歳になった春、二人の娘を嫁がせた後、何故か心にポッカリ穴があいたような物足りなさを覚えた。あれこれ稽古事をしてみたが今一つパッとしない。今日も朝から一通り家事を済ませて、昼食の後、文学賞をとった本を読んでいたが全然面白くない。『よくもこれで文学賞と言えるな~』などと思いながら、いつの間にかウトウトとしていた。

「おーい、おーい」何処からか男の人の呼ぶ声がする。それも一人ではなく、複数の声だ。
 振り向くと、さほど大きくない黄金色の船に男の人がひしめく様に乗っていて、私の方に手を振っている。
 船の帆には『宝』と云う字が大きく書かれている。
 船は私を目掛けてどんどん近づいてくる。
 見ると、そこには6人の男達が乗っている。年はそう若くはないが皆、個性的で、髭を長く垂らした人や、でっぷりと太った人、仙人のような人、何処かで見た見覚えのある顔ばかりだ。
『ん? アッそうだ七福神だ!』
 と、思った途端、私は船に乗せられていた。
「ようこそ参られた。我々は女神を探していたのだ。女神になるには、品性と美しさが条件じゃ。君はその条件を十分満たしている。それになんぼ神様とはいえ、男ばかりじゃ色気がないし面白くない」
 鎧を纏った厳めしいこの神は……そうだ! 毘沙門天(びしゃもんてん)だ。
 毘沙門天は一人ずつ紹介していった。
 恵比寿(えびす)・大黒天(だいこくてん)・福禄寿(ふくろくじゅ)・寿老人(じゅろうじん)・布袋(ほてい)
 そして私は、弁財天(べんざいてん)と命名された。
 と云う訳で、我々は七福神、ラッキーセブンになったのである。
 宝船の中では、連日会議が続いた。
 我々神に与えられた仕事は、地球に住む人々の悩みを救ってあげる事だ。
 会議が終わると、それぞれ任命された所に出かけて行く。
 私が向ったのは、奈良県に所在する学園前と云う町だった。
 私は、任命された水野家に舞い降りた。
 水野家の一人息子、大介は自分の部屋でスヤスヤと眠っていた。ピンク色した頬が可愛い。長い睫毛が大介の熟睡を思わせた。
 大介はここ一週間学校に行っていないとデーターに記されている【登校拒否・小学六年】
 寝顔を見ていると、健康そうなこの子の何処に悩みがあるのか、不思議な気さえする。
 その時、玄関の開く音がした。
「お帰りなさい」母親らしき声がする「ああ、今日は大介如何だった?」父親らしき声に「又休んだわ」と返事を聞くと「チエッ! あいつ」と舌打ちをした。
『何が、チエッ! あいつよ。いくら忙しいからって、理由、聞いてあげたことあるのかしら?』
 弁財天の姿のまま、なんだか大介が不憫で、その場を離れる事が出来なかった。

 朝が来た。大介が目を覚ます。
「あ、貴方は……」大介は長い睫毛を瞬き、跳び上がらんばかりに驚いて私を見上げた。
「あら、ビックリさせてゴメンナサイ。私、弁財天と云います。大介君、宝船って知ってる?」
 大介はドキマキしながら答えた。
「はい、絵でしか見たことないけど……」
「そうよねー。その宝船の乗組員の七福神の中の一人で、女神は私だけなの。私達七福神は、人間が抱えている色々な悩みを解決するため、この世に派遣されて来ているのよ。今回は私が大介君の受け持ちになったの。よろしくね」そう言って弁財天はニッコリ笑った。
 そういえば、今年、神社に初詣に行った時見た弁天様にそっくりだ。
 長い黒髪を頭のてっぺんで丸く束ね、鮮やかでカラフルな錦糸で織りあげられた着物の上に、白く透ける長いドレスを纏った弁天様が、お賽銭を投げる僕をじっと見てたっけ……。

 弁財天は静かに大介の横に座った。
「大介君、暫らく学校に行っていないそうだけど何かあったの?」
「ど、如何してそんな事知っているのですか? それに、僕の部屋に何処から這入って来たのですか? 鍵かけていたのに…………」
 弁財天はニッコリ笑い
「私達神は、天から何処にでも舞い降りられるのです。大介君の悩み、聞かせてくれないかしら? きっと役に立って見せるから」
 その時、ドアの外からお母さんの声がした。
「大介、今日も学校に行かないの? 食事持って来たけどー」
 大介は思わず叫んだ。
「そこに置いてて!」
 大介はお母さんが去った後、ドアを少し開けて、朝食を中に入れた。
「まあー美味しそうだ事、わたしにもすこしくれない? 昨日あまり食べてなくて、もうお腹ペコペコ」大介は、この気さくな弁財天がとても気に入った。
―なんだか話が分かってもらえそう―
 大介は、ポツリと話をし始めた。
「この間、卒業式の日、卒業生の学年担任の先生が、国歌斉唱のとき『バカ、バカ、バカがー』と歌っていたんだ。クチパクでも許されないのに~ あいつ!」
「如何してそんなふうに歌っているのが分かったの?」
「僕、パパが転勤になる一年程前まで通っていた東京の学校に難聴の子がいて、仲良くしてたんだ。その時憶えた口読ですぐ解るんだ。大阪では、市の条例ですぐ首になるのに……」
 大介は、興奮して拳を握りしめた。
「クラスの友達にそのことを話すと『そんなのどうでもいいじゃん』って云うんだ」
 それから取っ組み合いの喧嘩になり、職員室に呼び出され理由(わけ)を話すと、校長に
「君、証拠もないのに勝手にそんなこと云うものじゃない。少しおかしいんじゃないの」
「あいつら、ただ教育委員会が恐いだけなのに、人を変人扱いにして! もうあんな学校には行きたくない」大介の黒い瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、大声で泣いた。
 私は思わず大介を抱きしめた。少年の髪から青い匂いがした。大介の涙を指で拭い乍ら
「ネェ~大介君、貴方の云う事は、正しいと思っているんでしょう?」
「当たり前じゃないか!」大介は少し怒ったような顔をして、憮然と答えた。
「大介君、十人十色ってことわざ知ってる?」
 大介は、私の目を見てコックリうなずく。
「人の考えに正しいとか、間違っているとか、そういうのってないと思うのよ。只、自分の考えはこうなんだけど、他の人はこうなんだと、人によって考えはそれぞれ違うの。私達神の世界では、あくまでもどんな考え方でも平等なの」
 大介は、暫らく黙っていたが、やがて「ふーん」といい、ニッコリ笑った。大介は賢い子だ。私の話が解ったみたいだ。聞くところによると成績はオール5らしい。
「弁天様は頭が良いね。それに綺麗だし……」
 まさか大介に褒められるなんて……。
 私はちよっぴりはにかんだ。
「神の世界ではね、すべて平等だから争いなんか起きないのよ。だから贅沢な金の宝船なんか作っちゃってさ。布袋さんなんか好きなだけ食べてあのお腹なんだもの。まったく……」
 二人は、顔を見合わせて大笑いした。
「大介君、将来何になりたいの?」
「僕、総理大臣になって、今の日本を立て直したいんだ」
「まあー素晴らしい夢だこと……。でも、とても大変な事よね。私のさっき云った事忘れないでね。そうしたらきっと上手く行くから」
「うん、僕、頑張る。弁天様に教えてもらった事、絶対忘れないから!」
 大介は紅潮した顔で、私と握手した。
「もう一つだけ約束してくれる? 毎年、お正月には私に会いに来てくれるって」
「うん、必ず行くよ!」私達は指切りをした。
 明くる日、大介はランドセルをしょって勢いよく飛び出していった。
「行ってきま~す」
 任務を終えた私は、ほっとして宝船に戻った。なんだか身体がだるい。
 宝船の中では、もう宴会が始まっていた。「おう、お帰り。御苦労さんだったのぉ~。こっちに来てお座り」毘沙門天がお酒のせいか赤い顔をして私を手招いた。酌をしながら毘沙門天が云った。
「折角だから、この船に乗ってわしの所に来んかいの~、あんたはこの世に置いておくのはもったいない程の良い女や」他の神々も「そうや、そうや!」と囃し立てた。
 私は蒼くなりながら云った。
「有難うございます。でも未だこの世にやり残したことが沢山ありますし、もうすぐ孫も生まれますので……。この世の役目が終わった時は、又ぜひこの宝船に乗せて下さい」

「おい! こんな所でうたた寝して」夫に揺り動かされて目が覚めた。
 辺りは、すっかり夕闇が迫っていた。
 一度、大介に会いに行こうと思う。

児玉美津江

児玉 美津江

1939年、福岡県生まれ
福岡中央高等学校卒業。日本エステテック正会員。

書き続ける理由

小学2年生の時、作文コンクールに入選して以来、書く事に興味を覚え、今も書く事柄に尽きないから。

趣味

インテリアデザイン。

大切にしている言葉

Tomorrow is another day.(明日は明日の風が吹く)マーガレット・ミッチェル。

■ 第1回コンテンツに戻る ■