004
これから始まるストーリー
西森 郁代
今夜は、厚い雲がたちこめ月はでていない。
暗闇の中を村の衆が、お役人様の屋敷の小屋の前に集まった。村人の影がいくつも重なっている。
「捕まえたユニコーンっていうのは、こいつなのか」
「おいらの田んぼをめちゃくちゃにしやがって!」
「どれ、悪党の顔を見せとくれ」
村人達は、3日前、村はずれの崖で捕まえたユニコーンを前にして、口々に罵りあっていた。
怒りにまかせ、石を投げる者さえいたほどだ。
1週間前、村の田んぼや畑が荒らされ、豚や犬が殺される事件が起きた。いったい誰の仕業か、かいもく見当がつかず、村人達は不安な日々を過ごしていた。
そして3日前のことだ。
村人が柴を集めていた時、小さなユニコーンを見つけた。
首を田んぼに突っ込み、前足で土を掘っていた。
「あ、あれだ。見つけたぞ! みんな来てくれー」
人々は、小さなユニコーンを取り囲んだ。
ユニコーンは甘い香りに誘われて、山から下りて来たのだった。だから、何故みんなに囲まれ罵られるのか解らなかったが、怖くなって必死に逃げた。
しかし、幼いユニコーンは村人達にすぐに追いつかれてしまった。
「あ、あたし、何も悪いことしてないのに」
「嘘ついてもだめだ! おいら達の田んぼを荒らしたじゃねぇか」
「そうだ」
「おぉ、そうだとも」
手に鍬(すき)や鎌(かま)を持った人々は、幼いユニコーンを追い詰めていった。崖の端まで来たとき、後ろ足を滑らせ、幼いユニコーンは崖から落ちてしまった。
「おねえちゃーん。助けて~」
その声は、谷間にこだまして、遠くにも聞こえた。
村役人の屋敷の小屋に閉じ込められている大きなユニコーンは、それはそれは綺麗な姿をしていた。
全身はピンクの柔らかい毛に被われ、長いまつげの下の瞳は澄んでいた。耳はピンと立ち、頭の真ん中の角は、濃いピンク色で太く立派だった。
「みなさん、もうこれから決して悪さはしません。許してください」
そう言いながら、首をうなだれたユニコーンの溜息は、村人達の胸に響いた。長いまつ毛が涙で濡れていた。
一人の若者が
「なっ、皆の衆、もうしないと言ってるんだ。許してやろう」
「そうだな。3日も小屋に閉じ込められ、飲まず食わずだったんだ。これで懲りただろう。逃がしてやろう」
「それに、あの小さなユニコーンは、崖から落っちまった。おいら、今でも寝覚めが悪いんだ。こいつは逃がしてやろうじゃないか」
と言う者もいた。
大きなユニコーンは解き放たれた。
小屋から出たユニコーンは、何度もお礼を言うと、ぱーと走り出した。
山道を駆け上がりながら、村を振り返り低い声で言った。
「捕まった哀れなユニコーンの顔は、今日までだよ。これからお前達に殺された妹の仇(かたき)をとってやる。覚悟しときな!」
妹の復讐の物語は今、幕が上がったばかりだ。
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