023
ようこそ、おもてなしの国へ
今村 とも子
♪アンドゥトワ、アンドゥトワ♪
母さんユニコーンは足を蹴って拍子を打ち、産まれたばかりのユニコーンがステップを踏みます。ホップする度、たてがみは金色に輝き、まばゆいばかりです。
赤ちゃんユニコーンの背には、ちゃんと羽根がありました。目の色はとび色です。訴えるような切ない表情、母性本能をくすぐるユニコーン。でも名前は角獣、カクジュウと名付けられました。
冬が終わり、春になる頃には、カクジュウの名の通りすっかり男らしく成長しました。体の中に縮こまっていた筋肉が目覚めました。その筋力を使って、彼が一度羽ばたくと、随分遠くまで飛べました。
「もう大丈夫だ。これなら念願だった偏西風に乗れるぞ」
とカクジュウは思いました。その風に乗ると、はるか彼方の黄金の国・日本に辿り着くと聞いていました。
今、カクジュウはその風の中。どうやらモンゴル上空のようです。
「うーん。黄砂に混じって磯の香りがするのは、目指す日本が近いという事だろうか?」
心なしか風の中に、日本酒の香りします。
桜三月、日本。
「なる程、聞いてはいたが、日本は花見で酒盛りの最中か」
カクジュウは桜咲く山を目指して飛び続けました。
「おおー噂に聞く桜吹雪が見える」
カクジュウは花を目がけ、急降下しました。
ピタッ。
何か目に張り付きました。
「前が、前が見えない!」
なんと紙がへばりついていました。桜吹雪に見えたのは、この紙が舞っていたのです。
日本各地で多勢の花見客が繰り出すのは二〇一三年の今も、昭和初期も少しも変わりません。
カクジュウが日本にやってきたのは、昭和初期の頃です。当時の日本人は、何でもかんでも、道路に捨てる習慣がありました。自ら捨てた新聞紙を踏んで滑っていても、まだ捨てました。もちろん家庭のごみ、食べ残し等も同様の扱い方でした。
見渡す限りの紙くずは、美しい桜が咲く全山を覆いました。
ゴミに混じってもなお、正体もなくゴロゴロ寝っ転がる酔っ払い。その酔っ払いの腰には、折って差したと思われる桜の枝が挟んでありました。『この枝、折るべからず』の札が、どうも読めなかったようです。
カクジュウは
「ここは本当に日本なのか?」
と驚きました。
「日本人は、礼儀正しい人種と聞いていたのに……」
現実はうらはらでした。
いたたまれない気持ちが収まりません。
正義感の強い彼は、額の角で行儀の悪い男のお尻をプスッ。一刺しします。川へゴミを投げ込むふらち者にもプスッ。
次々とカクジュウは角で刺します。目にした悪を見逃す訳にはいかないのです。
ユニコーンの角は、知る人ぞ知る、良心を取り戻す秘薬なのです。カクジュウの一刺ししのおかげで、日本人はそれ以上に悪くなることはなくなり、大半は常識人として生まれ変わりました。
カクジュウは日本での体験で、現在は姿を変え、世界中に現れます。
尻に手を当て、天を仰ぐ人がいたら、きっとその人は、カクジュウと遭遇した人に違いありません。
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