創るcollaboration 第ニ回コラボレーション企画
018
024

シリウス

小川 瑛子


 私の名は『祥(しょう)』
 母はアレルギー体質で弱く、父は家具の輸入業者で外国に行く事も多かったので、38歳で独身の母の妹『あや』が私の養育係だった。

 あやおばさんは、作り終えた『ユニコーン』の縫いぐるみを私に渡し
「シリウスという名よ。10歳のお誕生日のお祝い」と言った。
 体長40cm。シルクのような手触りの虹色の毛糸で出来た鬣(たてがみ)と尻尾はたっぷりしていて、体は茶色のフェルトだ。額から突き出ているとんがった角は薄緑で、渦巻線がギザギザしていた。黒いボタンの目のシリウスは、私の一番大事な物になった。

 ある夏の夜、おばさんは私をベランダに連れ出した。
「祥、今日は星の話」と、あやは暗い南の空を見上げた。
 母の体を考えて、自然の多い田舎の一軒家に暮らしているので、夜空は星が溢れていた。
「ギラギラするほど青白く明るい星を見つけてごらん」
 おばさんは私の顔を両手で挟んで、方向を定めてくれた。
「あっ、あれだ」
 他のどの星よりも強い光を放つ青白い色を見つけた。
「あの星の名はシリウス。星の王様よ。その上辺りに一角獣星座があるの」と、あや。
 私は目を丸くして空に縫いぐるみのシリウスの姿を当てはめて、星座をイメージしてみた。ウキウキして、両手で空を引き寄せたかった。
 それから、私は毎日の様にシリウスと一緒に、一角獣星座があるとおぼしき天空を見つめ続けた。

 ある晩、あやは一㎞離れた隣の家におよばれで出かけた。
 母にお休みを言って、私はシリウスとベッドに入った。何時間位経ったのだろうか。隣にいるシリウスが暴れている気がして、私は目を覚ました。
 ベージュのカーテンが薄赤い色に染まり何やら焦げるような臭いがした。窓に駆け寄って外を見ると、家の前庭真近かに火の手があがっていた。
「祥! 火事よ」
 母がひきつった顔で部屋に入ってきて私を脇に引き寄せた。
 縺(もつ)れるようにして二人で階段を降りようとした。が、慌てた私は一段踏み外し、母と私とシリウスは団子の様になって落ちていった。
「アーッ、ママ」
 私は絶叫した。
 その時、シリウスが
「祥ちゃん、空のユニコーンが助けに来るから慌てないで」と囁いた。
 と、紫色の靄(もや)の中から、全身真っ白な大きな馬が現れた。鬣を揺すると、額の角が見えユニコーンとわかった。
「さあ早く」
 白馬は体を低くして私達を背に跨がせた。
 体がフッと浮き上がり、星の煌めく空を上へ上へと白馬は登って行く。爽やかな風が起こり、黄、緑、朱の光を四本の足が掻く。私は鬣の中に顔を埋め、背にしがみついていた。
「さあ、僕の星座に着きました」
 ユニコーンは止まって、ヒヒーンと一鳴きした。遥か遠くに星々が瞬いている。
 ほっとすると、いつの間にか私は眠っていた。

「祥、起きて」というあやの声で私は薄眼を開けた。
「あっ、おばさん、空のユニコーンはどこ」
 私はベッドの中で目を覚まし、キョロキョロ周りを見回した。母も隣のベッドに半身起こし、狐につままれた様な顔をしていた。
「空のユニコーンて何の事? 二人共、家の裏口から外へ出た所で倒れていたの。私がお隣さんの車で送ってもらって帰宅したらこの騒ぎ。枯れた草が自然発火した火事だったみたい。防火用水を皆で必死にかけて、火はおさまったの。大した事なくて良かったわ。ここは病院」
 あやは涙を浮かべて私を抱きしめた。私のベッドにシリウスもいた。
 私と母は、顔を見合わせた。二人のパジャマには、白くて長い毛が何本もくっ付いている。
“ママ、一角獣の星座まで行ったのは本当だったのよね”
“魔法にかかったみたいだけど……そうみたい”
 ママと私は目だけで こんな会話を交わした。
『次は、おばさんも一角獣の星座に連れて行ってあげたい』
 私は小さなシリウスに話しかけると
『うん。是非』と、頷いた。

 空の旅で、少し破けていたシリウスの体にあやおばさんが当て布をしてくれた。
「シリウス、こんな風に空を横切って一角獣座まで行ったね」
 私は操り糸をシリウスの脚に結わえ、ホアンホアンと宙を泳がせた。
 シリウスはうれし涙を流しているみたいだった。





■ 第2回コンテンツに戻る ■



第一回CONTENTS
第二回CONTENTS
第三回CONTENTS
第四回CONTENTS
第五回CONTENTS