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ザルツブルクの古城
橋本 都紀子
ジュンとネネのユニコーン兄妹は物心ついた時から、たった二頭だけで生きてきた。親も仲間にも会ったことがなく、まるで神様の贈り物のような存在であった。お互い喧嘩することもなく、森の中で平和な毎日を過ごしていた。
額に小さく伸びた一本の角。真っ白な体。若さゆえ、そのたて髪は薄いピンク色を呈し、陽が当たると銀色に輝いていた。
深い森はそこはかとなく、静寂の闇に包まれているようで、時折聞こえる鳥の鳴き声以外は、まるで神聖な世界のようであった。
ある早朝、ジュンとネネはちょっとした冒険心から、いつもとは違う散歩道に踏み入って行った。そこにはまるで二頭を誘導するかのように、細い道が続いているのであった。
いつの間にか随分遠くまで来ていた。突然視野が開け、目の前に大きな古城が現れた。整然とそびえるオーストリア、ザルツブルクの古城であった。
見たこともない大きな建物に一瞬驚いたが、ジュンとネネはまるで我が家に帰って来たような、不思議な感覚に包まれ、古城に足を踏み入れた。恐る恐る一番高い所に登ってみた。
大きな河がゆったりと流れ、教会の塔や丸い屋根が河岸に立ち並び、広い大地に色とりどりの家が点在していた。ザルツブルクの街と、ドナウ河であった。
初めて見る世界であったが、臆することもなく、ザルツブルクの街を見下ろした。暫くすると太陽が昇り始めた。慌ててジュンとネネはもと来た道を帰って行った。
それから毎日、古城通いが日課となって、時折り聞こえる鐘の音にも親しんでいった。
けれども平穏な日々もつかの間、古城の片隅からじっと見つめる人間の目に気づくのに、時間はかからなかった。暫く行くのをやめていたが、一週間後再びお城に足を踏み入れた。
その時、薄暗闇の中から十人ほどの人間が現れ、ジュンとネネを取り囲んだ。
一瞬たじろいだが兄のジュンは妹ネネを庇うように、頭を振り回し、大きな目で人間を睨み付けた。その目からは、鋭い閃光が放たれ、たちまち人間たちは全身の力が抜けたように、その場に伏せてしまうのであった。
そしてジュンとネネは何もなかったかのように、軽やかにもと来た道を帰って行った。
深い森での平穏な生活が再び始まった。
初めて見た人間たち、大きな古城、教会と鐘の音、山あいを緩やかに流れる大河、岸辺に連なる家々。ジュンとネネにとっての青春のひとコマであったかもしれない。
その後、ザルツブルグでは
「古城の奥深い森には、とても美しい二頭のユニコーンが住んでいて、魔法の神通力を持っている」と、言い伝えられた。
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