創るcollaboration 第ニ回コラボレーション企画
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“綾”五七日(いつなのか)の旅

大垣 とし


 綾の耳元で誰かの声がした。
「きれいに着飾ってもらえたねえ。すてきで可愛いユニコーンだよ」
「えっ? ……ユニコーンって何です?」
「体は馬で額に一本の角があり、その角は護身用なんだ」
 美しい目をした少年が、ニコニコしながら綾に云った。
「私がその馬? そんなおかしなこと……」
「今日から五七日(いつなのか=三十五日間)の間、僕と一緒に旅をするんだよ。旅の先々で待って下さっている仏様に出会うための姿、ユニコーンなんだよ」
 綾には意味がほとんど理解出来ていなかった。しかし何故か、
《今はこの少年について行くべきなのだ》と素直に従う気持ちになっていた。

 二人が進む道は少年の足元のみがかすかに明るく、周りはすべて闇の世界だった。
 綾の体はすでに百年以上の歳月を費やし、足腰も弱くなっていたにも拘らず、今の綾の足は軽く、無類の怖がりだった性格もとっくに忘れていた。
《この少年の云った通り、私は “ユニコーンという馬になっている” としたら、これは夢の中……?》

 歩き通して七日目が来た。
「不動明王様、案内して来ました」と少年は云った。
「よく来た。綾よ、一角獣の姿もよく似合っているぞ。次の二七日(ふたなのか=十四日目)までは少し長く感じるかもしれんが、安心してこの少年についてゆきなさい」
 綾は生まれ育った京都の言葉で、
《何処かで会った仏様や。怒ってはるのかと思っていたのに、お優しいお方やなあ》
 心の内で手を合わせた。

 次へ進む周りの景色は、まだ真っ暗だった。
 黙って従って歩く自分が又不思議になった。
「私はどうしてあなたと歩いてますのん?」
「それは五七日(いつなのか=三十五日目)にわかるから、黙って付いておいで」

 二七日(ふたなのか=十四日間)の間(あいだ)歩き続けた先には、釈迦如来が二人を待ち、無言で頷き一心に経を唱えてくれている。
 綾にはその響きが、とても懐かしい子守唄に聞こえた。

 次の三七日(みなのか=二十一日目)には、文殊菩薩が待ち受けていた。
 仏がユニコーンの角を強く握ると同時に、綾の体の一遇に残っていた不安が忽ち除かれ、以前より身が軽くなるのを感じた。

 闇の中と云った感覚はすでに遠のき、四七日(よなのか=二十八日目)を迎えた二人は、普賢菩薩の前にいた。
 ユニコーン姿の綾は丁寧に頭を下げた。
 すると少年は、
「普賢菩薩様、私に付添の役目を与えて頂きありがとうございました。
 私は五十年ほども前に旅立っております。その日以来、私自身が歩む道程の無事を祈り、朝・夕応援してくれましたのが、一角獣、即ち綾でございます」
 普賢菩薩は深く頷き、
「以降の済度(さいど ※注1)は引き受けたぞ」と云った。
 その時綾は初めて、少年の身体が放つ虹色の光を見た。と同時に、無性に少年の名前を知りたいと思った。
 後十日歩けば最初に彼が云った五七日(いつなのか=三十五日目)になる。何故か離れ難い気持が押し寄せていた。
「ほら、段々と明るくなってくるだろう」
 綾は少年の指差す方を見た。綾たちは、静かに波打つ川面に近づいている。
 少年は足の運びを緩め、綾の方へ振り返り懐かしさと愛おしさのこもった目で、綾を包み込んで云った。
「綾、会えてよかった」
 目の前の少年の顔は、綾が忘れもしない五十年前に逝った夫、義(よし)であった。
 「えっ? わたし、義さんと一緒に歩いていたのどすか? 義さん、又ずーっと一緒にいることが出来ますか?」
「だといいね。でも綾のこれからは、今前におられる地蔵菩薩(えんま王)様が決めて下さる。その後は、残してきた家族が朝・夕祈ってくれる応援を受け乍ら無事に歩んでゆきなさい」
 その声が終わった時、既に少年も、夫と一瞬思った姿も消えていた。
 目の前の川面には着飾ったユニコーンの姿は無く、綾が一人映っていた。

 遠くからかすかに
「おばあちゃん無事お地蔵様の処に着きましたか?」と、綾の一番聞き馴れた家族の声が聞こえてきた。





※注1※ 済度(さいど)……『済』は救う、『度』は渡すを意味する仏語。仏が迷い苦しんでいる人々を救い、悟りの境地に導くこと。


【五七日(いつなのか)の旅 参考資料】
ハナミズキHP
<http://www.hanami-zuki.com/houyou/chuuin/57.html>


あの世の裁判(原作 A.Okada 作成 T.Abe)
<http://home.h03.itscom.net/abe0005/ikoi/anoyo/anoyo_saiban/ennma.htm>





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