創るcollaboration 第三回コラボレーション企画


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ブラックホールの正体知ってます?

今村 とも子


 平成六年思いがけず住宅供給公社の抽選に当り、嬉しい引っ越しをした。大晦日にである。プライバシーのない長屋から脱出できる! 夢なら覚めるなの心境だ。
 この年は私の解放記念の年になった。
 思えば本当に狭い家で、親との同居だった。
 それが明日からは、私達親子四人だけの一戸建てである。思うだけでぞくぞくしてくる。

 新居のドアを開けた。さらっぴんの家の匂いが、すーっと鼻に入る。五十年間生きてきて、初めて嗅ぐ匂いだ。
 嬉しくてたまらないこの気持ち、浮かれた心を落ち着かせよう。「そうだ、まずいつもと同じ事をしよう。掃除機をかけよう」
 姑なら、こんな時は箒(ほうき)と桟払(さんはら)いで忙しく動き回るだろうと、一人笑ってしまった。

 我々、人間がこの団地に引っ越し、そのために棲家(すみか)を失った昆虫や動物達。
 夜になると、闇夜に二つの輝くものがあった。たいてい、狐か狸が歩いていた。わかっていても、出くわすと、お互い恐いものだから相手を悪者にしてしまい、反省しきりである。
 又、玄関には必ず大きいクモが出没した。滅多に口を開かない青春まっしぐらの息子が「おーい、タランチュラやー、捕ってや」と私を呼ぶ。
 そんな時、掃除機ほど頼りになるものはなかった。静かに側に近づき、「えい!」一気に吸い上げる。むかで、ゴキブリ、蟻、蛾、みんな掃除機のお得意様。「あらー、全部飲み込んでしまった」

 掃除機本来の使い方をしよう。
 気分がむしゃくしゃする時は掃除機を唸らすに限る。音が大きいから、呼ばれても多少の事では気がつかない。いや、つけない。知らんぷりしてしまおう。「えっ、呼んだ?」小言は、騒音で掻(か)き消してしまおう。
 一心不乱にやれば、物事に集中できるし、良い考えも浮かぶというものだ。
 と言う訳でうちには、四台の掃除機が揃っている。各自のマイ掃除機、使い方もきっと大差あるまい。

 気が落ち込んだ時も、大きな掃除機で、思いっきり体を動かすに限る。家中掃除機を持って隈なく巡るのも又、良い。
 孫が遊んだあとを掃除するのは何と言っても、にぎやかで面白い。食べかすや何かの破片も混じって、ジャラジャラ、コンロコロコロと実に楽しいのだ。ザーザー何でも吸い込むその音は、心地良く胸に響く。
 手元の管をゴミが音をたてて流れ込み、ふっと後を振り返れば、そこには、はっきりと、一仕事した証しが残っているではないか。菓子のこぼれたの、ピーナツの殻、将棋の駒?
「ええい、吸っちまお。無くして困るなら、自分で片付けよう」
 大満足である。


 掃除機は掃除機にあらず、か。
 そうか、掃除機はストレスまで吸い込むブラックホールだったのか。





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