一夜にかけた蝶の旅
大垣 とし
一九五四年四月十九日、アメリカ映画《ローマの休日》は日本国内でも上映されることとなった。
今では懐かしいモノクローム(モノクロ)で、アカデミー賞に輝いた作品である。
当時十八歳の私は日本公開の初日に、必ず観に行くと決めて待っていた。
それは新聞か何かの短評欄に《爽やかな謙虚さ》と云う表現で主人公の女性像が記されていた事にあった。
しかしその作品を観てその言葉も然(さ)る事乍(なが)ら、十八歳の私の目に直接焼き付いたのは、一着のブラウスが主役と共に演じてゆく様子であった。
物語の主役はある国の王女アン。演じる女優はオードリ・ヘプバーンである。
アン王女は王室の儀礼的で堅苦しい行事にうんざりしていた。彼女は同じ年令の一般娘の行動に憧れ、ローマを訪れた時、一人で夜中に侍従の目を盗み街へ飛び出した。
その時彼女が身に付けていた服装は白の長袖のブラウス。デザインはショールカラーに同布で棒タイがついている。下はギャザースカート。
飛び出した彼女が公園のベンチで寝込んでしまった処を、アメリカ人の新聞記者ジョー・ブラドリー(グレゴリー・ペック)が助け、そこから二十四時間アン王女に付き合い、ローマの街に遊ぶ。淡い恋心も覗くストーリーである。
上映二時間の中で彼女が身に付けた服は二着のみであった。
飛び出した時のままの服と、憧れの行動を終え、公務に戻った時の礼装の二着である。
にも拘(かかわ)らず、二十四時間の間に一枚のブラウスを四通りに使い分け、その場面の雰囲気に合わせたデザインでもってこなしている。
《飛び出した時の服》
白い長袖。ショールカラー。棒タイ付のブラウス。
《一夜が明け一人で街中を歩き出した時》
長袖を肩まで折り上げ太短い袖にし、棒タイを外し、前ボタン二個を開け、衿を立て一見テーラードカラーに見せている。
《髪を床屋でショートにして、王女の肩書を一日絶ち切る。そして新聞記者の彼とスクーターや小さな車で遊ぶ時》
縞柄の小さなチーフを首に巻く。白一色の中に細い線の色が入り、結び切りの形は蝶が衿首に止まっているかのようで、二人についてくるそよ風の響きも想像できるようだった。
《夜、船上パーティーに二人で出掛けた時》
同じチーフを用いて首の肌に直接巻くのではなく、ショールカラーの全体を立て、その上に細くたたんだチーフを巻く。
更に巻いたチーフの上部からショールカラーを少し覗かせている。結び切りの蝶は中央に。
白い一枚のブラウスそのものが、自ら彼女アンと共に一体となって変化を楽しんでいた。
制服が終わり、これから色々と服装を楽しみたい時期の私は、釘付けになってその変化に見入り憧れた。
モノクロの画面はブラウスの白の品位を引出し、想像力を豊かにもしてくれた。
六十年も前になるが、今もって私の中で鮮明に焼き付いている服の想い出である。