創るcollaboration 第5回コラボレーション企画
009

眠り続けるワンピース

橋本 都紀子

 もうあれから三十年余りの月日が経ってしまった。その日々はまるで風のようにぎ去ってしまったので、ゆっくりと目を閉じて、一ページずつめくり返さないと混乱してしまう。
 けれどもその分厚いページの中でも、鮮明に思い出される一場面がある。五歳の少女が大きなリボンをつけて、白いフリルのついた真っ白のワンピースで、ピアノを弾いている。その可憐で、愛らしい姿は今でも、ふとした折に、一瞬私の前を通り過ぎていく。

 昭和五十七年、転勤族の私たち家族は、大阪の箕面市の社宅に住んでいた。役職社宅ではあったが、その狭さは今見ても驚くばかりで、よく五年も住んでいたものだと、思ってしまう。三坪程の庭がついた鉄筋二階建てのテラスハウスは三DKで、子供が小さいが故の住まいであった。

 そんな夏の暑い日、私は二階で汗を流しながら、必死でミシンをかけていた。五歳になる娘のピアノの発表会が九月初めに迫っていた。近くの市場で見つけた生地で何とか発表会のドレスを作りたかったのである。
 生地は、端にボーダーレースをあしらったボイル調の白い生地で、なかなかの高級品であったが、端切れとして二千円で売っていた。
 店主が
「これはお買い得ですよ、私が保証しますよ。このレースを裾にしてお嬢さんのワンピースになさったら素敵ですよ」
 と勧めてきて、思わず買ったのであった。
 私の娘は五歳にしては非常に背も高く、体格も良かったので、二メートルほどの生地は余ることもなく使用した。
 前身ごろの胸の部分にはタックを入れ、真珠色のスパンコールでちいさな花を一杯貼り付けた。ノースリーブの袖にはフリルをつけ、可愛らしさを出した。丈は膝が隠れるくらいの長さにして、丁度レースの部分が際立つようにし、腰の後ろでリボンを結ぶようにした。

 発表会当日、スポットライトを浴びながら、すまし顔で白いワンピースの少女はピアノを弾いた。それがなんという曲であったのか、全く私は覚えていない。けれどもあの白いワンピースの可憐な姿は、今も私の脳裏にきっちりと納まっている。

 毎年、夏物と春物を入れ替えるとき、私は必ずその白いワンピースを出して風に当てている。シミもつかず、五歳の少女が着た時のまま、三十年余りも静かに押入れの天袋の箱の中で保存され続けている。
 何度見ても、よくまあこんな細かいスパンコールを一つずつ縫い付けたものだと、自分でも感心してしまう。
 母も娘も若々しく、生き生きとした暑い夏の一ページであった。

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