創るcollaboration 第5回コラボレーション企画
011

ア、ヤバ、アバヤ

野田 時々

 10年前、サウジアラビア国がこれからは観光に力を入れると発表した。
 第一弾として、日本からサウジアラビア航空のチャーター便を飛ばすことになった。日本人は規則をよく守るからというのが理由の一つだそうだ。

 サウジアラビアは聖地メッカがある。そのため戒律がとても厳しい。アルコールがダメとか、豚肉を食べないとかだ。
 そのため非イスラム教徒にはとても行きにくい国の一つである。
「そこに行けるとは、これ幸い」と取り扱い旅行会社に申し込んだ。申し込んで1週間後に、飛行機会社から荷物が届いた。
「何だろう?」と包みを開けてみると、『アバヤ』と呼ばれる、衣装が出てきた。ぺらぺらした生地の前開きの長袖のコートドレスと、同じ生地のスカーフが入っていた。色は真っ黒だ。丈は各人が身長に合わせて、直せというようだ。ニュースで見るあの真黒な衣装だ。
 アバヤは、ひとたびサウジアラビア航空に乗り込むと、それ以降、ホテルの自分の部屋以外ではいつも着用しなければならない。
「聞きしに勝るうるささだなあ」と、独り言ちて、丈を直した。

 飛行機の中でも不思議なことがあった。
 飛行機の真ん中あたりに広く空間が取られている。そのころエコノミー症候群が問題になっていた。「運動空間か?」時間が経つとカーテンで空間は閉じられていた。そこはイスラム教徒がメッカに向けてお祈りをするところだった。
「ギエー、乗務員のための空間だ。あまりのんきに構えていては大事になると」と、気を入れ、スカーフをきちんと締め直した。

 そんな窮屈さを伴うアバヤではあるが、とても便利なものだと気が付いた。
 観光から戻ると、食事まではわずかな時間しかないことが多かった。砂漠の国ゆえ、一見汗をかいていないように思うが高温の中、動いている。砂にまみれることも多々ある。
 部屋に戻るなり、バスタブに湯を溜め、シャワーで体を洗い、バスタブにざんぶりと浸かる。そのあと、さっとシャワーで体を流し、体を拭きパジャマに着替える。その上からアバヤを着用すれば、快適で、部屋に戻れば、歯を磨きさえすれば、すぐ寝ることが可能だ。
 足元は国民みんなサンダル着用、私もつっかけで行けた。つっかけもサンダルも同じようなものだ。

 アバヤを着ていれば、どこにいても外国からの出稼ぎ労働者だと思ってくれる。サウジアラビアの人に歩いている人はいない。みんな外国人ばかりで、言葉は解らないけれど「サローム、サラマレイコム」で通した。「こんにちは」のアラビア語だ。
 買い物をしても、アバヤのお蔭で、おまけもしてくれるし、仲間だと思ってくれる。

 さすがに聖地メッカには入れてもらえなかったが、とても親切にしてもらえた。
 ただ、呑み助にはいっさいアルコール禁止で、これはきつい。

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