男臙脂
小川 瑛子
四才の娘に、薄手のオーバーコートを買ってやろうと、デパートの子供服売り場にいた。女の子用コーナーには可愛いヒラヒラ襟や丸襟のデザインが多かった。が、私は きりっとしたスポーティーな感じの物を探していた。
娘はかなりのおでこで鼻は低いが、ほっそりと形良く、口も小さくて、日本古来の童のような顔をしている。眉が長くてアーチ型だ。
男児コーナーのハンガーまでかき分けて、やっと手にしたのが、エンジのテーラード型のダブルのオーバーだった。
「いい色。母の言葉を借りれば、『男臙脂』だわ」
と気に入った。地味に抑えた赤色を渋い大人の男性が粋に着こなしたら最高の色という意味だと私は解釈していた。
光った銀の丸ボタンが六つ付いている。最も、男児用なので、ボタンとボタンホールが反対だ。
「順列が出来ません。お宅の様にドクター一家のお嬢ちゃんなのに何故でしょう」
と幼稚園の担任の先生に言われ、親はショックを受けたのだが
「その内、出来るよね」
と夫と慰め合った娘が嬉しそうに、鏡に映った姿を見入っていた。おしゃまな感じで可愛かった。
二年後に二才下の弟のオーバーになった。息子は目も鼻もはっきりした顔立ちで、私が連れていると
「何処の坊ちゃん?」
と言われるほどの百パーセント父親似だった。外出時に男臙脂のオーバーを着た息子を見て
「男の子に赤もいいものだなー。それにしても似合っている」
と満足しながら、息子が一歳の時から始まり、三年続いている血液の癌との戦いを一瞬忘れていた。余命三ヶ月と言われ、絶望の淵にたたされた悪夢が、一年経ち二年経ち、三年後に大分薄らいでいた。
同時に、何種類もの抗癌剤がでた事と彼の強運のお陰で、今息子は四十六才になっている。
このオーバーを三番目に着たのは、妹の長男だった。甥は四kgで生まれ、手足も顔も大きくて三才の時丁度の大きさだった。
お世辞にも似合っているとは思わなかったが、妹は
「お母さんの言ってた男臙脂ね。私も好きな色。ありがたいわ」と喜んでくれた。
甥は現在『犯罪心理学』なるものを大学で研究し、ちょっとした学者だそうだ。
順列の出来なかった娘も出来る様になったし、息子は奇跡を得た。
考えれば縁起の良いオーバーなのだ。