創るcollaboration 第5回コラボレーション企画
015

勝手にしやがれ

児玉 美津江

♪窓際に 寝返りうって~♪
 1977年、年の瀬も押し迫った日。
 今日は、待ちに待った日本レコード大賞の発表の日だ。
 私は、ジュリーこと沢田研二の大フアンだった。

 彼は、タイガースというグループサウンズに属していたが、まもなくソロデビユーをして、絶大な人気を誇る歌手になった。
 顔も良いし声も良い。こんなにセクシーな男性は、おそらく今からも現れないだろう。
 当時流行っていた『寺内貫太郎一家』というテレビドラマの中で樹木希林(きききりん)扮するお婆さんがジュリーのポスターの前で『ジュリー』と云って身悶えるシーンが話題 になった。
『さもありなん』と私も思う。

 その年の暮れ、レコード大賞に、ジュリーの『勝手にしやがれ』という曲がノミネートされた。
 私は上の空で、夕食の用意もままならない。そこで、私は3人の子供と、当時同居していた義妹(いもうと)と懸(か)けをした。まだその頃は子供達も幼く、長女でさえ、中1だった。
 もしジュリーがレコード大賞を取ったら、お年玉で、私に何かプレゼントすると云う。
「よっしゃ!」私は、気合いを入れて、祈るような気持ちで、フローリングに正座し、彼を見守った。
 いよいよ発表の瞬間が来た。
「今年のレコード大賞は!」大袈裟(おおげさ)なドラムの音と共に名前と曲が読み上げられた。
「沢田研二さんの『勝手にしやがれ』!」
「おめでとうございます!」会場中がどよめいた。
 ジュリーが呼ばれて、格好良く舞台に駆け上がった。

 お正月、子供たちと義妹を連れ、難波(なんば)に買い物に行った。
 約束どおり私は、プレゼントの品を選んだ。レコード大賞でジュリーが着ていた淡い黄色の三つ揃いのスーツに良く似たジャンバースカートとジャケットのアンサンブルの服を見つけたのである。
 子供たちに買ってもらったその服は、自分で言うのもなんだが、実によく似合った。
 まるでこの服を着ていると、なんだか何時もジュリーと一緒にいるみたいだった。
 奈良文化会館にジュリーのコンサートを観に行った時も勿論あの黄色の服を着て行った。
 そう言えばあの日ジュリーを追っかけて、石垣から滑って足を擦りむいたこともあったっけ……。

 あれから37年、あの淡い黄色の服は何処に行ったのだろう?
 まあ、有っても、すっかり様変わりした体型の、今の私には、片足も入らないだろう。
 信じられないだろうが、ジュリーとお揃いの淡い黄色の服は『7号』だったのだからー。

〝勝手にしやがれ〟

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